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パラアスリートたちの金言から学ぶ、目指すべき「共生社会」の姿

「多様性と調和」実現に向けて

レジェンドが社会に抱いた疑問

東京オリンピック・パラリンピックまで、あと400日を切りました。2020年大会はオリンピック、パラリンピックの日本代表選手が、ともに同じ服装で入場行進することが決まっています。基本コンセプトのひとつである「多様性と調和」を表現したい、との思いが込められているようです。

東京でのパラリンピックは1964年大会に続いて2回目ですが、前回大会の正式名称は「国際身体障害者スポーツ大会」であり、「パラリンピック」は愛称に過ぎませんでした。パラリンピックが正式名称となったのは1988年のソウル大会からです。

そこで今回は、これまで私が取材してきたパラアスリートたちの語録を紹介することで、あるべきパラリンピック、そして「共生社会」の姿を探っていきたいと考えています。

 

僕自身、車いすに乗っていることで、よく“偉いね”って言われるんですけど、別に偉くも何ともない。(健常者の)皆さんが普通にスポーツに親しむように、ただ僕は車いすを使ったスポーツをしたかっただけ。でも最近はいちいち“別に偉くないですよ”と言い返すのも面倒くさくなっちゃった(苦笑)。

とにかく僕自身のプレーを見てもらえれば、確実に“これはスポーツなんだ”と理解してもらえると思うし、“かわいそう”という先入観も吹き飛ぶと思うんです。そうした面からも障がい者スポーツに対する概念を変えていきたい

これはパラアスリートのレジェンドとも言えるプロ車いすテニスプレーヤーの国枝慎吾選手の若き日の言葉です。国枝選手はアテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロの4大会に出場し、金メダル3つを含む5つのメダルを獲得しています。

プロ車イステニスプレイヤーの国枝慎吾選手/Photo by gettyimages

これも国枝選手が言っていたことですが、かつて障がい者スポーツに対する新聞報道においては社会面が中心で、「感動をありがとう」的な同情の色に染められていました。

なぜ健常者の試合はスポーツ面に載るのに、障がい者の試合は社会面や文化面なのか……

国枝選手は、ずっとそのことに疑問を感じていたと言います。しかし、2020年大会を間近に控え、今では多くのメディアがスポーツ面できちんと扱うようになってきました。国枝選手をはじめとするレジェンドたちが、社会を動かしてきた証左と言えるでしょう。