トランプ「安保改定」発言に慌てる安倍政権、安保政策の大きな矛盾

日米安保のゆくえ
添谷 芳秀 プロフィール

以上のとおり、日米安保条約が実質的に「集団的自衛権」の規定を持っていながら、日本がそれを行使できないがためにその代償として「基地条項」を持っていることは、日米安保条約を米豪NZ間のANZUS条約(1951年9月)と比較すれば一目瞭然である。ANZUS条約には「基地条項」は存在せず、集団的自衛の関係について第4条が以下のとおり謳っている。

各締約国は、太平洋地域におけるいずれかの締約国に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

日米安保条約第5条がANZUS条約第4条と異なるのは、「太平洋地域」(ANZUS)が「日本国の施政の下にある領域」(日米)となっており、「憲法上の手続き」(ANZUS)が「憲法上の規定及び手続き」(日米)とされている2点である。いずれも、集団的自衛権が行使できないとする日本政府の憲法9条解釈に基づくものであった。

 

したがって、第5条には、日本に集団的自衛権の行使が可能になれば、「日本国の施政の下にある領域」という条約区域に変更が加えられるべきことが、論理的に準備されていたといえる。

そして、平和安全法制によって、日米が共同対処すべき区域は、「日本国の施政の下にある領域」を越えたのである。だから、日米安保条約、とりわけ第5条の改定は、ある意味自然な流れでもあるのである。

戦後一貫して日本政府は、日米安保条約に潜む「不都合な真実」(憲法9条と日米安保条約の間の種々の矛盾)には蓋をする対応を繰り返してきた。その代償は、日本の政治や社会で、戦後日本の実情を反映した身の丈の安全保障論が育たなかったことである(詳しくは、拙著『日本の外交』ちくま学芸文庫、2017年)。

期せずして、トランプ大統領が日米安保条約の改定を提起したことによって、安倍政権の対応も必ずしも例外ではないことが露呈されたといえそうである。