トランプ「安保改定」発言に慌てる安倍政権、安保政策の大きな矛盾

日米安保のゆくえ
添谷 芳秀 プロフィール

もちろん、日本政府にその準備はなさそうだし、もしそれが現実的な政治問題に発展すれば、世論、政治、対外関係等において大きな混乱を引き起こすことも予想される。だからこそ安倍政権は、トランプ大統領の発言の影響を最小化すべく、その鎮静化に追われているのだろう。

しかし、安全保障政策として考えれば、限定的ながら日本に集団的自衛権の行使が可能になったのならば、日米安保条約の改定は、論理的な帰結といえなくもない

 

日米安保条約の条文に隠されているもの

そのことを考えるためには、1960年に岸信介首相の手で改定された現行の日米安保条約の論理を再考してみる必要がある。とりわけ重要なのは、その第5条と第6条である。

第5条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
第6条 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

これまで一般的に、第5条は日本の防衛、第6条は極東の平和と安全について定めたものとされてきた。しかし、安保条約改定交渉において米国は、最後の段階まで一貫して「共通の危機」に対する共同防衛にこだわってきた(詳細な経緯は、拙著『入門講義 戦後日本外交史』慶應義塾大学出版会、2019年)。

その流れの中で解釈すれば、第5条は集団的自衛権に関する条文として読めるし、本質的にはそう読むべきだろう。事実、第5条は、米国からみれば日本に対する集団的自衛権の行使を規定した条文に他ならない

しかし、憲法9条に制約される日本は、自国の防衛に関してしか米国と共同行動がとれない。そこで共同行動の範囲が「日本国の施政の下にある領域」(第5条)に限定されたのである。

いわばその代償として米国が求めたものが、日本への米軍の駐留を認める第6条であった。したがって、しばしば「極東条項」と呼ばれる第6条は、基地協定としての日米安保条約の性質を示す「基地条項」に他ならないことが分かる。