〔PHOTO〕西﨑進也

料理研究家・土井善晴が初めて語った「料理する」ことの本当の意味

五感は「生きてるうちに使わな損」

人間は、ずっと料理をしてきた

人間の最も人間らしい行為ってなんやと思います?

それは「料理をする」ということやと思うんです。

弱い人間(ホモ・エレクトス)は料理することで、消化吸収を合理化した。生き残る手段であった料理は、人間の創造の始まりなんです。人間は料理する動物です。人間が両手を使うために立ち上がり、数十万年前に火を使って以来、ずっと続けていることが「料理して食べる」ということなんです。

料理研究家・土井善晴はこう語る。人間の「料理する」という行為に着目し、それこそが人間らしさの証明だというのだ。

大げさに言えば「料理する」を考えることは、「人間とは何か?」を考えることでもある。土井への2時間にわたるインタビューからはそんなメッセージが聞こえてきた。

 

現代の日本で、料理することについて考える際に重要なヒントを与えてくれるのが「レシピ」という存在だ。私たちは日々、本やネットからレシピを得ているが、実際のところ、それとどう向き合っているか。その態度を考える先に「料理すること」の本質が見えてくる。

キーワードは「おいしそう」だ。いま自分が向き合っているものを「おいしそう」かどうか判断できる感覚——一見シンプルな指摘だが、機械や人工知能が調理をする時代も遠くはない中、この感覚を持ってレシピを用いることが大きな意味を持つ。

ちなみに「レシピ」とは、調理に必要な食材、分量、道具、手順、時間を明記した手順書であり、その語源は「命令を受け取る」という意味のラテン語に由来する。

(以下、太字でない部分が土井氏の発言)

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料理は「再現」ではない

レシピは設計図——。そう信じきっている人が多いんです。料理はレシピの通り、正確にするから、おいしくできる、と。

けれども、それは本当ですかと首をかしげるんです。

例えば「鶏の唐揚げ」を作るとするじゃないですか。レシピにはだいたいこう書いてあります。

『鶏の胸肉を切って、醤油などで下味をつけ、粉を混ぜ込んで、たっぷりの油で、決まった温度で揚げる』

けれどもレシピ通りの全く同じ材料、環境など条件を「揃える」というのは不可能ですよね。

だって、鶏肉の大きさも厚みも違うし、同じ大きさに切りそろえることは無理、鍋の大きさもコンロの火力もそれぞれの家庭によって違います。

レシピに「中火で5分」と書いてあったからと言って、同じように揚がるはずがないんです。

レシピを実現するためには、その条件を最初に揃えることが重要です。しかし、自然物である食材に同じものはないし、厳密には不可能です。そもそもレシピ通りにすることは同じものしか作れない機械のやることで、人間が料理するのと意味が違うんです。一人一人違うことが人間です。料理の再現が目的であれば、機械に任せればいいのです。

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