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誰も知らない「トッカイ」証言録

彼らが封印するのなら

この社会の片隅から

生きて在ったという証に、何かを残したい者と、そんなものはどうでもいいという者に、この世は分かれる。自伝や公開前提の日記、オーラル・ヒストリー(口述歴史)を残す政治家や官僚、経済人を前者とすれば、私が相手にしているのは、おおむね後者の物言わぬ人々である。

 

二〇一三年に『しんがり 山一證券 最後の12人』を書いて、目立たぬところで組織を支える人たち──私自身は「後列のひと」と呼んでいる──の存在に惹かれ、平成の終わりに、『トッカイ バブルの怪人を追いつめた男たち』を刊行するところまでたどり着いた。

彼らは自己顕示欲が少ないので、自ら筆を執ることなど思いもよらない。後列から手を上げることもなく、紹介者の存在がなければ、私たちがたどり着けない含羞の人々である。

私は、誰も見ていないところで黙々と重いものを運んだり、流れに逆らったりして暮らす人が好きだ。もっと言えば、組織の餌付けを拒んで生きる人々を、社会の片隅から見つけ出すことが自分の仕事だとも思っている。取材の喜びとは、そうした人との出会いであり、思いがけない話を聞き出した瞬間のような気がする。

「トッカイ」を覚えていますか

今回、私が出会ったのは、バブル狂乱後に、日本の不良債権回収を一手に引き受けた人々である。正確に書けば、「株式会社整理回収機構」特別回収部の面々を指している。特別回収部だから「トッカイ」というわけだ。現在は、東京の組織が「特別回収グループ」、大阪は「特別回収課」という名称で存続している。

整理回収機構は、国が作った債権取り立て会社であった。前身を「住宅金融債権管理機構(住管機構)」といって、一九九九年に「整理回収銀行」を吸収して誕生している。

初代の社長は、「平成の鬼平」の異名を取った元日本弁護士連合会会長の中坊公平(故人)である。彼は六兆八千億円に上る住宅金融専門会社(住専)の不良債権回収や、つぶれた銀行の債権回収の先頭に立ち、一時は国民的ヒーローとしてもてはやされたが、回収を巡ってつまずくと、一転して批判にさらされた。すると、国民の熱い支持と期待を集めていた組織自体も沈黙し、その存在すら忘れ去られていった。