「弁護人はなぜ犯罪者を守るのか」という批判に対する私の回答

刑事弁護人 亀石倫子はこう考える
亀石 倫子 プロフィール
 

一枚のファックス

亀石は、予定主張記載書面を出す決断を下した。これまでは「違法捜査を争う」としか主張してこなかったが、GPS捜査に言及する。証拠は何一つない。まさに一か八かの賭けだった。改めて黒田に接見し、GPS端末を発見したときの状況に関して詳しい話を聞いた。予定主張を詳しく書くことで、こちらが何らかの証拠を握っていると思わせようとしたのである。

予定主張記載書面――内容の骨子は次のとおりである。

第1 対象車両にGPS端末を取りつけて追跡する捜査の違法性
■捜査機関は、少なくとも黒田の車両、中野のバイク、犯行に使用したレガシィにGPSを取りつけ、位置情報を取りながら行動確認した
■被告人の承諾がないままGPS端末が取りつけられれば、被告人は24時間行動を監視される。これは被告人のプライバシー権の重大な侵害。令状の取得なく行われたとすれば重大な違法である

第2 長期間にわたる泳がせ捜査の違法性

■捜査機関は、被告人が逮捕されるまで、少なくとも1年間にわたって泳がせ捜査を行い、その間に被告人らが犯行を重ねる結果となった

第3 違法収集証拠排除

■こうした違法な手続きによって得られた証拠は、証拠能力がないから排除すべきである

弁護人が予定主張記載書面を提出すれば、検察官は必ず応答しなければならない。

検察官が、弁護人の主張に対して「嘘を言うわけにはいかない」という真摯な気持ちになってくれますように――亀石はそう祈りながら書面を書いた。

予定主張記載書面を提出してからというもの、亀石は落ち着かなかった。
(どうなるんだろう?)
(何て言ってくるかな)
(もし「GPSはつけていない」と返事してきたらどうしよう)
(それが嘘だとしても、どうやってその嘘を明らかにできる?)

まだ起こってもいない仮定の事実をあれこれ想像する日々が続いた。

その日、亀石は大阪パブリックの事務所にいた。

同事務所に所属する弁護士のデスクは、前方がパーテーションで仕切られ、左右には書類を保管する棚がしつらえられている。刑事弁護人が扱う事件の記録や資料は膨大な量にのぼるため、デスクの前、左右にはそれらが堆く積まれている。
亀石のデスクは比較的スッキリとしていた。片隅には、クマのぬいぐるみを置いていた。法科大学院時代に買って、受験勉強中もずっとそばに置いておいた思い出の品だ。

15㎝四方の小さなピンク色の鏡も置いてあった。刑事弁護をしていると、なにかと理不尽な出来事に憤る機会が多い。電話を切ったあとに悪態をつくケースも少なくない。そんな経験を重ねていくと、自然と顔つきが怖くなっていく。亀石は自分を戒めるため、今、自分はどういう顔をして仕事をしているのか、意識的に確認するようにしていた。あまりにも怖い顔をしているときには、気持ちを切り替えるために席を離れた。

2014年5月23日午後3時すぎ――亀石がデスクで仕事をしていると、事務所のスタッフが手にペラ一枚の紙を持って近づいてきた。
「亀石先生、ファックスでーす」

渡されたのは、A4一枚の紙だった。亀石は、ファックス特有の、少しつぶれてかすれた文字を追った。タイトルには「証明予定事実記載書」と書かれている。宛先には「大阪地方裁判所第七刑事部」の文字、差出人のところには、大阪地方検察庁の担当検察官の氏名が書かれていた。亀石は、タイトルに続いて書かれた文字に目をやった。

衝撃だった。

そこには、大阪府警が捜査の一環として、黒田の車、中野のバイク、犯行に使われたレガシィに「GPS発信器を取りつけた」とはっきり書かれている。
(やった!)

あれだけ証拠が出てこなかったのに、GPS端末を取りつけた事実を認めたのだ。
(ようやく違法捜査の議論を、土俵に上げられる)

高揚と安堵がない交ぜになった複雑な気分だった。しかし、すぐに別の感情が浮かんだ。

(これはすごいことになる……)

前述のとおり、福岡地裁の覚せい剤取締法違反の事件では、GPS捜査によって直接得られた証拠が裁判の証拠として請求されなかった。そのため、GPS捜査の適法性についての判断は回避されている。となると、自分が扱うこの事件が、GPS捜査の適法性を判断する日本で最初のケースになるはずだ。

亀石は気持ちの昂ぶりを抑えられなかった。

興奮状態のまま、何度も何度も書面を読み返した。ふと、ある一文が気になった。
「GPS発信器を取りつけた捜査は任意処分であり、適法である」

検察はたしかにGPS発信器を取りつけた事実は認めた。だが、GPSを装着したのは令状の必要ない「任意処分」であるから、違法性はまったくないと開き直っていたのだ。
(やっぱりそう来たか)

亀石は、身の引き締まる思いでファックスを見つめた。
(簡単な戦いじゃないな……)

戦いの第二ステージが始まった。

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