「弁護人はなぜ犯罪者を守るのか」という批判に対する私の回答

刑事弁護人 亀石倫子はこう考える
亀石 倫子 プロフィール
 

前哨戦

刑事裁判では、「証拠調べ請求」と「証拠採否決定」が行われる。

検察官は、公訴事実を立証するために必要な証拠の取り調べを請求する。弁護側も、無罪を求める場合は、公訴事実を合理的な疑いを挟む余地なく証明できていないと裁判官に判断させるために、証拠の取り調べを請求する場合が多い。これを「証拠調べ請求」という。裁判所は、相手方当事者の意見を聞いた上で、証拠の採否を決定する。これが「証拠採否決定」である。

このとき、検察官が請求する証拠には「甲号証」と「乙号証」がある。乙号証は、被告人の供述調書や被告人の戸籍、前科前歴などが書かれた書類である。その他事件に関わるすべての証拠、たとえば捜査報告書などは甲号証と呼ばれている。

2013年12月4日に黒田が逮捕され、12月6日に勾留された事件(2013年8月、大阪府C市に駐車中の自動車から、ナンバープレート2枚を盗んだ疑い)は、12月24日に起訴された。起訴された日から3週間後の2014年1月14日、亀石の手元に検察官が証拠として請求した甲号証、乙号証が届いた。

すべての証拠に目を通した亀石は、甲四号証に目をとめた。甲四号証は、2013年8月6日午後10時から8月7日午前11時まで、じつに13時間にわたって窃盗団を追尾、行動確認したときの記録だった。よく読むと、追尾の様子に不自然な点が多かった。この段階で亀石は、警察がGPSを使用したことを確信した。
(これを手がかりにすれば、絶対にGPS捜査の証拠が出てくるはずだ)

亀石は甲四号証をさらに精読し、窃盗団の車にGPS端末をつけた前提で警察がどのような捜査を行ったのか推測してみた。なぜ窃盗団がショッピングモール近くのコインパーキングにいることがわかったのか。なぜ窃盗団が盗みに入った簡易郵便局のそばにいたのか。GPSで位置情報を把握していなければ、13時間にもわたって一度も見失うことなく追尾し続けるのは難しい。このとき捜査に関連して作成されたであろう捜査記録などを「類型証拠開示請求書」に書き込んだ。

検察官が証拠の請求を行う。その証拠(検察官請求証拠)が開示された時点で、弁護側がそれらの証拠の証明力を判断するために必要な一定の類型(検証調書や鑑定書、供述録取書など)に該当する証拠の開示を求める書面――それが類型証拠開示請求書である。亀石は、2月18日付で検察官に送ったこの書面によって、GPSという言葉が記載された捜査資料が出てこないか期待した。

検察官からの「回答書」が送られてきたのは、それから約2週間後の3月3日。だが、検察は「類型証拠に該当しない」「開示を求める証拠を識別できる程度に特定されていない」などと理由をつけ、多くの証拠の開示を拒絶した。かろうじて開示された証拠にも、GPSの文字はまったく書かれていなかった。
(どうして何も出てこないんだろう? 意図的に隠されているんだろうか?)

甲四号証を読む限り、見込み違いとは思えなかった。
(GPSをつけずに、あれほど完璧に尾行できるわけがない)

亀石は、経験豊富な高山弁護士に相談する。すると、高山から一つのアドバイスが出た。
「開示を求める証拠の範囲を特定しすぎじゃない? もっと広げてみたら?」

さらに2週間後の3月17日、亀石はもう一度類型証拠開示請求書を提出した。高山のアドバイスにしたがい、できるだけ広くカバーする書き方に変えた(以下は抜粋)。

3・××駐車場について作成された実況見分調書、写真撮影報告書のすべて
5・平成25年8月6日午後10時から翌7日11時までの行動確認捜査において、捜査員らがハンディビデオカメラで撮影した①映像を記録した媒体、②その解析結果、設置場所、その他ハンディビデオカメラに関して作成された報告書等のすべて
6・平成25年8月6日午後10時から翌7日11時までの行確捜査について①その状況に関する供述を含む供述録取書等、捜査報告書等、②捜査機関が作成した写真報告書、捜査報告書
9・捜査機関が犯行使用車両を発見した事実に関する供述を含む供述録取書等捜査報告書
10・関係者、共犯者の供述録取書等及びその供述に関する再現見分調書、実況見分調書のすべて
11・被告人の供述録取書等(署名捺印のないものを含む)、取調状況報告書等のすべて

3月31日、検察官から回答書が送られてきた。前回に比べて、証拠そのものは数多く開示された。しかし、やはりどの証拠にも「GPS」の文字はない。しかも、すべての証拠が開示されたかどうかもわからない。当時は証拠の一覧表は交付されなかったため、確認のしようがなかった。

亀石は苛立っていた。4月1日には「ご連絡」と題する書面を検察官宛に送り「証拠の開示が不十分であり、このままでは弁護人の『予定主張記載書面』を出せない」と主張した。少なくとも3月17日付類型証拠開示請求書の5と9の開示を主張したものの、4月16日付の回答書でも、取ってつけたような追加の証拠しか開示されなかった。

たしかに、二度にわたる類型証拠開示請求で、かなりの証拠は開示された。ところが、肝心のGPSに関する手がかりはまったく得られていない。こちらの手の内を明かしたくなかったからこそ、類型証拠開示請求で証拠を出させようとした。しかし、ここまでやって出ないのであれば、こちらの主張に関連する証拠をピンポイントで開示請求する方針に切り替えるしかない――亀石はそう考えた。

裁判の流れでは、このあたりで「予定主張記載書面」を提出する時期だった。弁護人が公判で予定している主張の内容を明らかにする書面だ。予定主張記載書面を出すことで「主張関連証拠開示請求」が出せるようになる。弁護人の予定主張に関連する証拠は、検察官の都合で出さずに済ますことはできない。捜査機関にGPS捜査に関する資料があるのであれば、必ず出てくるはずだった。だが、この段階で手の内を明かしてしまっていいのか、ここで再び亀石は悩んだ。

こうした瀬戸際に立たされたとき、亀石は――結果はどうあれ、一か八かやってみるタイプだった。

結婚18年目となる夫にプロポーズしたときもそうだった。

大学卒業後に勤務した大手通信会社では、入社3年目に、2泊3日で全国に散らばる同期が東京に集まって行う「3年目研修」を行っていた。札幌から参加した亀石は、そこである男性に出会った。大阪勤務のラガーマンの大男。底抜けに明るく、懐が深く、メンタルも強い。亀石は、その人柄に引き込まれた。見た目にひと目惚れしたわけではない。ただ「この人と家族になったら、一生笑って過ごせるんじゃないか」と思ったのだ。

時間はわずか3日。告白するには唐突すぎる。それでも、諦めるのではなく言うだけ言ってみようと思った。ダメならダメで、また前を向いて生きていこうと腹をくくった。
「すみません、結婚してくれませんか?」

唐突すぎる亀石の告白に、夫は即答する。
「無理」

当たり前と言えば当たり前の話だった。だが、亀石はこのぐらいで落ち込むタイプではなかった。むしろ、そういう反応をする〝私の未来の夫〟は、まともな人だと思った。いったん札幌と大阪に戻ったが、亀石は何度もメールを送りつけ、ついには大阪に押しかける。お好み焼きを食べながら説得を続け、出会ってから半年後、粘りに粘って結婚にこぎつけた。亀石は、追い込まれたときに諦めるメンタルの持ち主ではない。

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