「弁護人はなぜ犯罪者を守るのか」という批判に対する私の回答

刑事弁護人 亀石倫子はこう考える
亀石 倫子 プロフィール
 

弁護士は被害者・遺族の敵なのか

「刑事弁護人は、なぜ犯罪者を守るのか」
「どうして刑事弁護人は、悪いことをしたヤツらの弁護ができるのか」
「被害者や遺族の心情を、刑事弁護人は少しでも考えたことがあるのか」
「刑事弁護人は犯罪者の味方。だから、被害者や遺族は弁護人の敵だ」
「刑事弁護人は犯罪者の刑期を短縮することで、再犯罪が起こるのを助長している」

被疑者・被告人の弁護活動を行う刑事弁護人に対して、しばしばこのような疑義・批判の視線が向けられることがある。亀石もまた、こうした問いかけを何度も受けてきた。

被害者や遺族の側からすれば、そのように思われるのは無理のないことだし、理解できる。ただ、「刑事弁護人」という仕事の本質が、あまりにも社会から理解されていないようにも感じている。

彼女の考え方にもっとも近いのは次の言葉だ。

罪を犯したと疑われている人の権利を守ることは、自分を守ることでもある。

自分が弁護をしている被疑者・被告人は、もしかしたら自分だったかもしれないという感覚がある。

もしも自分が被疑者・被告人だったら…(Photo by iStock)

犯罪をしたと疑われて自分が逮捕され、起訴され、裁判にかけられたとする。その過程で、自分の行為が必要以上に捻じ曲げられるかもしれない。実態よりも過度に悪質だと判断されるかもしれない。いくら「真実」を語っても、聞く耳を持ってもらえないかもしれない。さまざまな方法で自白を迫られ、ありもしない「事実」を言わされるかもしれない。いちど被疑者・被告人の立場に置かれれば、どんな有名人だろうと、有力な政治家だろうと、裕福であろうとも、たった一人で国家権力と対峙する、一人の無力な人間なのだ。刑事弁護人がそばにいなければ、正当な手続きで裁判を受けられないかもしれない。

被疑者・被告人と捜査機関との間には、アリと象ほどの歴然とした力の差が存在する。捜査機関は強大な国家権力であり、強力な捜査権限に基づいて証拠を集められる。だが被疑者・被告人は身体を拘束され、自己に有利な証拠を集める手段も権限も資金も極めて限られている。

この圧倒的な力の差を無視して、公平・公正な裁判などできない。そこで、憲法は被疑者・被告人に適正な手続きを受ける権利(第31条)、弁護人を依頼する権利(第37条)、黙秘権(第38条)を保障することで、両者を対等な当事者と位置づけようとする。対等な当事者として公平・公正な裁判が行われなければ、被告人に刑罰を科す判決の正当性が担保されないからだ。

こうした手続きのなかで、刑事弁護人は被疑者・被告人に与えられた正当な権利に基づいて依頼される。被疑者・被告人に与えられた権利を最大限行使し、強大な国家権力である捜査機関と対峙する役割を担う。国家権力が適切に行使されているのかをチェックする――それが刑事弁護人の重要な役割なのだ。

亀石は、被疑者・被告人が自分とは無関係の世界の人だとは思っていない。彼らも自分も同じ社会に生きている。彼らに起きることは、いつ自分の身に起こってもおかしくないと思うと、傍観者ではいられない。
「GPSを勝手に車につけられた」と黒田から聞けば、勝手に【自分の車に】つけられる事態を想像する。自分が知らない間に、警察によって自分の行動が洗いざらい把握されるかもしれない。黒田の権利が侵害される事態は、いつか自分たちの権利が侵害される前触れかもしれないのだ。
「黒田は悪質な窃盗犯だ。悪い奴なんだから、警察から勝手にGPSをつけられて行動を確認されたって文句を言えるような人間ではない」

そのように考えるのは簡単だ。だが、結局、令状を取得せずに行ったGPS捜査は、黒田のような被疑者や被告人だけの問題ではなく、自分たち国民の問題でもあるのだ。「罪を犯すヤツの権利など守らなくていい」という考え方は、いずれ、罪を犯していない人間の権利さえも守られない社会を受け入れることになる。

それを法治国家と呼べるか。

罪を犯した疑いのある者の権利さえも守られる。それが、法治国家ではないか――亀石はそう思うのだ。

これらの理屈は、刑事事件とは無縁の市井の人々には理解しにくいかもしれない。実際は、被疑者・被告人の立場に立ってみなければ、なかなか現実味が湧かないだろう。

多くの人々は、自分は犯罪とは無関係であり、生涯罪を犯すことなどないと思っている。だが、これまで250件以上の刑事弁護を経験し、あらゆる犯罪の被疑者・被告人に話を聞いている亀石からすれば、自分が犯罪者にならない可能性がゼロだとは到底思えない。

なぜなら犯罪のきっかけは、誰にでも起こりうるようなことだからだ。

たとえば、ある40代後半の女性は精神的な病によって職を失い、あまりにも金がなくて老女の買い物袋をひったくった。ある20代の女性は、食べては吐くという過度なダイエットが原因で摂食障害になり、食料を盗むようになった。ある80代の男性は、一人で認知症の妻を介護するなかで将来を悲観するようになり、無理心中を図った。ある30代の女性は、孤独な育児で産後うつになり、わが子に障碍を負わせてしまった。

自分が「そちら側」に行くはずがないとは、絶対に言い切れない。彼らが自分かもしれないという危機感は、心のどこかにいつもある。

だからこそ、亀石は刑事弁護人として被疑者・被告人の弁護を続けている。

手の内をどこまで明かす?

警察がGPS捜査を行っていた手がかりを得るため、検察官の手持ち証拠を開示させる――そのために、まずは裁判所から本件を公判前整理手続に付す決定を得なければならない。ところが、これがそう簡単にはいかない。
「裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、(略)事件を公判前整理手続に付することができる」(刑事訴訟法第316条の2第1項)

裁判所に整理手続を認めさせるためには「争点が複雑で、証拠が多数あり、争いがある事件」ゆえに、「これらを整理しなければ公判が滞る可能性のある事件」であると主張する必要がある。

2014年1月14日、亀石は「公判前整理手続に付する決定を求める申立て」と題する書類を裁判所に提出した。
「弁護人は本件公判で、捜査段階で違法な手続きが行われたことを主張する予定である。そこで本件を公判前整理手続に付し、手続きを通じて、検察官から必要な証拠開示を受け、被告人の主張を検討し、争点と証拠を整理することが、被告人の防御のために必要不可欠である。また、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うためにも必要である」

この理由を書くにあたって亀石は悩んだ。GPS捜査について争う姿勢を、検察側にはまだ知られたくなかったからだ。現時点で明らかにしてしまうと、GPS捜査に関する証拠を隠されてしまうかもしれない。「捜査段階で違法な手続きが行われたことを主張する予定である」という曖昧な理由にしたのは、そのためだった。

この点を、裁判官に尋ねられた亀石は、こう答えるにとどめた。
「違法捜査の内容は、現時点では明らかにできません。証拠を見たうえで主張します」

裁判官の中には、時間と手間のかかる整理手続に付すのを嫌がり、「任意開示」で済ませようとする人もいる。任意開示とは、請求証拠以外の証拠を「検察官の任意で」開示するよう求める手続きだ。整理手続に付されれば、証拠開示請求は法律で定められた手続きになる。だが、任意開示はあくまでも検察官の任意になるため、弁護人にとって必要な証拠が開示されないおそれがある。だからこそ、どうしても整理手続に付さなければならなかった。

およそ1ヵ月後の2月19日、整理手続に付されることが決定した。曖昧な理由にしたにもかかわらず、よく決定してくれたものだと亀石はとりあえず安堵した。

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