「弁護人はなぜ犯罪者を守るのか」という批判に対する私の回答

刑事弁護人 亀石倫子はこう考える
亀石 倫子 プロフィール
 

どこまでが違法か

初回接見から4日後の12月15日、黒田との二度目の接見の日がやってきた。

亀石からの手土産は、ジョーンズ判決とその判断を考察した論文、福岡の覚せい剤取締法違反事件でもGPS捜査の適法性が争われていたという事実、そして、リクエストのあった文藝春秋だった。

亀石は、こう切り出した。
「いろいろ調べてみると、黒田さんの言うように、警察がGPSを使った捜査をしていたのかもしれない。もし令状をとらずにやっていたとすれば、違法捜査ということになる可能性があると思います」

まだ確信はないにせよ、亀石も令状を取得せずに行うGPS捜査は違法ではないのかと考えていた。

そもそも違法収集証拠は、警察・検察という国家権力によって証拠を集める刑事裁判だからこそ問題になる。私人間で、相手に無断でGPSを装着したとしても、民事事件で違法収集証拠が問題になることはめったにない。

実際、民事事件では妻が夫の車にGPSを装着し、浮気の証拠として提出されるケースがある。携帯のLINEメッセージを勝手に見て、パソコンに転送し、テキストデータに変換して証拠として出される事例も少なくない。秘密録音、秘密録画、つまり隠し録りによって得た音声や画像も、裁判で証拠として扱われている。

では、亀石はなぜ違法だと考えたのか。それは、対象者のプライバシーを侵害する可能性のあるGPS捜査を、令状も取得せずに国家権力たる警察が行った点で、憲法が原則とする令状主義に違反しているからだ。国家権力が違法に収集した証拠の能力は絶対に認めてはならない。これを認めてしまえば、強大な力を持つ国家権力の行動は必ずエスカレートしていく。やがて、歯止めが利かなくなる。

争うリスクとデメリット

亀石は、弁護方針を決めるときに「争ったほうがいい」「認めたほうがいい」という自分の考えを口にすることはない。考えられる選択肢とその見通しについて丁寧に伝え、最終的に決めるのは依頼人というスタンスを貫く。たしかに無令状のGPS捜査は許すべきではないとわかっていても、依頼人にとって不利益が生じる側面もある。
「でも黒田さん、これを公判で争うには、いろいろなリスクとデメリットがあります」

一点目――警察がGPS捜査をしていた事実を突き止めるには、検察官の手元に集められた膨大な証拠の中からGPS捜査に関するものを見つけ出さなければならない。黒田や中野が証拠となるGPS端末を手元に持っていない以上、証拠はすべて検察側にある。そのためには起訴後に事件を「公判前整理手続」「期日間整理手続」に付さなければならない。

整理手続とは、刑事裁判を進めるに先立って争点と証拠の整理を行う手続きを指す。公判前整理手続は公判が始まる前に行われる整理手続、期日間整理手続は公判と公判の間に行われる整理手続を指す。

検察官は、手元にある膨大な証拠の中から、被告人を有罪にするために厳選した証拠だけを裁判所へ請求する。被告人の主張に必要な証拠は、弁護人側に開示されないことが多い。その前提に立てば、まずは検察官の手元にあるすべての証拠を弁護人が把握しなければ勝負にならない。だが、検察官がどのような証拠を持っているのか、弁護人には全容が見えない。現在はそれが不公平だという認識が広まり、裁判員裁判対象事件のような、整理手続に付される事件に限っては、すべての証拠のリストを開示させる方向に舵が切られつつある。しかし、当時はその流れはなかったし、窃盗は裁判員裁判の対象となる事件ではない。

そこで弁護人は「こういう証拠があるのではないか」と想像力を働かせ、検察官に「あるはずの」証拠の開示を請求する。これが「証拠開示請求」だ。想像が「当たれば」証拠が開示される。その開示された証拠を読み込み「こういう証拠があるのなら、こんな証拠もあるはずだ」と上下左右に展開していく。整理手続の間、必要な証拠が出てくるまで何度も何度もこの証拠開示請求を繰り返すとなると、どうしても公判が始まるまで時間がかかる。この整理手続だけで1年以上かかることも珍しくない。窃盗事件などでは、罪を認めて争う姿勢を見せず、相当程度、執行猶予判決が見込まれるような場合は、被告人には起訴後に保釈が認められることも多い。一方、違法捜査を争う姿勢を見せて、整理手続によって証拠開示請求を繰り返していると、その間、保釈が認められない可能性もある。拘束期間が長引けば、黒田にとっては辛い状態が続く。

二点目――違法捜査を争うとなれば、裁判費用がかさんでいく。証拠開示請求によって出てきた証拠は、原本が渡されるわけではない。謄写(コピー)を請求し、それを入手する形をとる。コピー代は、裁判所が指定する特定の業者が行うため、1枚40円と高額だ。証拠関係の書類は膨大なページ数にわたるものが多いため、この実費は大きな負担となる。

また、令状のないGPS捜査の適法性は、過去に判例のない、刑事訴訟法上の新しい論点であるため、学者がどのような意見を述べるかも重要になる。GPS捜査に関する研究で実績のある学者に意見書を書いてもらうには、数十万円程度の費用がかかることもある。

三点目――時間をかけてここまでの努力を重ね、高額なお金をかけて学者に意見書を書いてもらっても、過去に判例がないため、どういう結果になるのかまったく読めない。努力の甲斐なく、任意捜査であり適法だと判断される可能性も当然ある。

四点目――争った末に違法捜査と認められなかった場合、裁判官から「これだけの罪を犯したのに、まったく反省していない」と思われ、量刑が重くなる可能性がある。被告人の反省する態度は、減刑の事情になり得る。

五点目――仮に令状のないGPS捜査が違法と認められたとしても、その違法性が量刑上考慮されない、つまり減刑されない可能性も十分ある。被告人が罪を認めていて、有罪とするに足るほかの証拠があれば、相場通りの量刑が言い渡されるだけであり、被告人にメリットはない。

亀石は、GPS捜査に関して刑事裁判で争うリスクとデメリットをすべて伝え、そのうえで黒田に決断を委ねた。弁護人は、被疑者・被告人の意向を尊重しなければならない。しかし、その前提として、彼らに考えられる限りの見通しを伝えなければならない。リスクやデメリットを説明するのは、暗に説得する形で諦めさせるためではない。

亀石は考えた。弁護人としてではなく、一人の人間として通り過ぎてはいけないような気がした。国家権力の暴走を目の当たりにして立ち止まらずにはいられない自分にも気づいていた。でも、リスクやデメリットを聞いた黒田が「だったらやめておきます」と言うかもしれないと思っていた。黒田がこの件で争うメリットは――何一つない。
「どうしますか?」

亀石は尋ねた。
「いや、それでも僕ははっきりさせてほしいです」

即答だった。黒田は、まったく悩んでいなかった。
「実費もそれなりにかかるけど、大丈夫ですか?」

亀石は、思わず自分の身にも降りかかるかもしれない心配を口に出してしまった。
「大丈夫です。何とかします」

はじめはそう言っていても、途中で支払えなくなる被疑者・被告人もいる。
「本当に大丈夫ですか? 実費だけでも100万円はかかると思います」
「何とかします!」

黒田は明るく言い放った。
「こんな違法捜査を警察がやっていいのかどうか、ハッキリしてほしいんですよね」

亀石は、この黒田の言葉に「男気」を感じた。

黒田は潔くハッキリしている。悪いことはした。その罪は争う気はない。悪あがきはせず、しかるべき償いを受ける。言われた量刑を受け入れ、その期間は真摯に「お勤め」をすると言っている。黒田は、自分はやってはいけないことをやって償うのだから、警察もやってはいけないことをやったのなら、潔く悪かったと謝ってほしいと言った。

下心はなさそうに見えた。争うことに特段のメリットもないからだ。黒田の「男気」に対し、亀石も「男気」で応える決意を固めた。この裁判は、大きな問題になるという直感もあった。
「黒田さんがそこまで言うのなら、私もやりますよ。全力で」

こうして、GPS捜査の違法性を争う方針が決定した。
(よしっ、やってやる!)

亀石は決意を新たにした。

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