ハンセン病家族「画期的勝訴」社会を動かすきっかけは一冊の本だった

真に過ちを認め、記憶するために
崎山 敏也 プロフィール

妻にも病気を隠していた

今回の原告側の主張をまとめると、「らい予防法やそれに伴う隔離政策、無らい県運動により、国はハンセン病の患者に対してだけでなく、家族に対する偏見や差別をも作りだした。家族は共通の被害として、偏見差別を受け、通常の家族関係を築くことを阻害された。1960年にはもう隔離政策の必要はなくなっていたのだから、隔離政策の転換や、差別偏見の解消や謝罪など、患者と同様にその家族の被害も回復させる義務が国にはあったのに、それを果たしていなかった」というものです。

これに対して、国は「隔離政策は患者だけが対象であって、家族は対象ではない。家族の置かれた立場は様々で、共通の被害があったとまではいえない」と主張しました。

 

冒頭でも述べたように、原告のほとんどは匿名。裁判所に顔を出すことができず、陳述書で主張を提出した原告も大勢いました。弁護団の法廷での証言によると、それまで自分の親がハンセン病だったことを妻に話しておらず、原告になったことが理由で、離婚された男性もいたといいます。

裁判所は今回の判決で、ハンセン病患者・回復者の家族が受けてきた被害の実情をこう認定しました。

「家族の中に患者が出たとわかると、学校に来るなと言われたり、集落の中で孤立したり、また結婚差別や就労拒否、家族についてやむをえずうそをつくなど、人生の選択肢も制限された。しかも、その被害は生涯にわたって続くこともあり、回復困難な性質のものである」

再び6月28日、熊本地裁前――。支援者がメガホンで声を張り上げ、判決内容の概要を説明します。

「ハンセン病の回復者と同じように、その家族にも固有の被害があり、家族に対しても偏見差別を除去する義務が国にはあった。厚生労働省も国会も、昭和の時代からこの問題を解決すべき義務があったのに、解決しなかった。法務省、文部科学省も隔離政策の廃止後、家族への偏見差別を除去する義務があったのに、果たさなかった。これらは違法であるという判決でした」

そして、「残念ながら、ご家族には多様な状況にある方々がいて、中には『個別の被害』を立証できなかったため、棄却された残念な方もいます」「しかし、そういう方々には被害がなかったとか、国に責任がなかったというわけではないのです」とも付け加えました。

筆者撮影