ハンセン病家族「画期的勝訴」社会を動かすきっかけは一冊の本だった

真に過ちを認め、記憶するために
崎山 敏也 プロフィール

ある一冊の本がきっかけだった

ハンセン病家族訴訟のきっかけとなった、一冊の本をご存知でしょうか。2015年に出版された『ハンセン病 家族たちの物語』(世織書房)です。

著者の黒坂愛衣(現・東北学院大学准教授)さんは大学院生のとき、らい予防法の被害を検証する「検証会議」の聞き取り調査に参加し、ハンセン病回復者の聞き取りを行っていました。

ただ、その家族にはなかなか会うことができませんでした。たどる手立てがなかったのです。

初めて家族からの聞き取りができたのは、2004年9月。熊本の療養所「菊池恵楓園」で家族5人から話を聞き、黒坂さんはその壮絶な体験に圧倒されました。

ただ、ハンセン病回復者の家族の多くは離散し孤立していたため、10年がかりで出版の承諾を得ることができた12の家族の談話を、最終的に本に収録することになりました。黒坂さん自身、「これ以上の調査は、しばらく無理だろう」と思っていたそうです。

 

筆者は、黒坂さんが大学院生時代に「ハンセン病首都圏市民の会」事務局に携わっていた頃から彼女と知り合いだったので、2015年の出版直後、『ハンセン病 家族たちの物語』をすぐに読みました。

筆者もこれまで、「ハンセン病問題はまだ終わっていない」と取材や番組を通じて訴え続けてきたつもりでしたが、黒坂さんの本には、まだ知らなかったハンセン病患者の家族の苦しみが描かれていました。今回の訴訟原告団の林力団長も黄光男副団長も、この本の中ではまだ、匿名で体験を語っています。

黒坂さんの本は同年6月22日、「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」の式典で当時の塩崎恭久厚生労働大臣にも手渡されました。そしてこのとき、ハンセン病回復者の弁護団や支援者の中から、「家族の被害を訴え、国に謝罪を求められないか」という声があがり始めたのです。

中心となったのは、黒坂さんの聞き取りにも応じた、熊本の家族会「れんげ草の会」のメンバーでした。2016年2月の第一次提訴の原告は59人でしたが、全国への呼びかけが徐々に広がってゆき、最終的には561人もの大規模な原告団が結成されるまでになりました。