日本の憲法学者だけが使う「奇妙な言葉」に多くの人はダマされてきた

日米安保条約を見直すかどうかの前に
篠田 英朗 プロフィール

1919年国際連盟規約を例にとろう。27年後の日本国憲法の成立を待つまでもなく、連盟規約は、「締約国は戦争に訴えざるの義務を受諾し」たことを、その前文で強調していた。

そして連盟規約16条は、「約束を無視して戦争に訴えたる聯盟国は、当然他の総ての聯盟国に対して戦争行為を為したるものと看過す」と定め、いわゆる集団安全保障の考え方を導入した。ある一国に対する戦争行為は、他の国々全てに対する戦争に等しいという考え方である。

2015年の安保法制をめぐる喧噪のさなか、日本の憲法学者らは、集団的自衛権などは、1945年国連憲章の起草過程の最後にようやく設定された概念でしかないなどと強調した。

だが、集団的自衛権につながる考え方は、すでに国際連盟規約にも導入されていた。国際連盟規約第21条は、集団安全保障が、「モンロー主義の如く一定の地域に関する了解にして平和の確保を目的とするもの」と併存することを明らかにしていた。今日の国連憲章の51条の集団的自衛権や第8章地域的取極につながる条項だ。

日本が常任理事国だった国際連盟の考え方では、一国に対する戦争は、他の国々に対する戦争でもある。

つまり、戦争という違法行為に対して、全ての諸国で対抗しようとも、諸国の集団で対抗しようとも、一国だけで対抗しようとも、いずれも同じ意味を持つ。

戦争を仕掛けるのが違法であり、戦争で脅かされた秩序を守るために集団安全保障や自衛権を行使するのは合法である。

国際法と本当の日本国憲法の間には、何も矛盾がない。ただ憲法学者たちが異議を唱えているだけである。

 

対米従属論者たちの外交政策は何か

大阪G20サミットの前、トランプ大統領が日米同盟の片務性について述べたことがニュースになった。トランプ大統領は、日米同盟の破棄は考えていないが、見直しは望ましいと考えているという。

「日米安保条約破棄」発言を歓迎する文章を書いた方もいる。日頃から日本はアメリカの「属国」になっていると主張している方であれば、とても論理的な反応だろう。

ところが奇妙なのは「日本はアメリカの属国になっているのはけしからん」と日頃から主張している方々の中に、「トランプが何を言ったって、日米同盟は大丈夫だ、心配したら負けだ」といったことを主張している人もいたことだ。

日米同盟の永続性は万有引力の法則のように絶対不変だと疑っていない人がいるのだ。その人たちが日頃、「どこまでも安心して、アメリカを批判しよう」という態度をとっている。

日米同盟は、数多くの人々の数十年にわたる膨大な努力の蓄積で、ようやく維持されている。なぜそうなのかと言えば、それだけの価値があると考える人が多かったからだ。

日米地位協定の問題をはじめとして、日米同盟にかかわる問題は多々ある。そのことを真剣に考えていくことには大きな意味がある。だが、いたずらに日本はアメリカの属国だと叫び続けることに、建設的な意義があるようには思えない。

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