日本の憲法学者だけが使う「奇妙な言葉」に多くの人はダマされてきた

日米安保条約を見直すかどうかの前に
篠田 英朗 プロフィール

全ては勘違いだったとしたら?

1993年にカンボジアPKOに選挙要員として働いた。その際、日本のマスコミに「なぜカンボジアに行くのか、自衛隊を違憲だと思わないのか」といった、自分の仕事とは関係がない質問ばかりを浴びた。

まだ私も若かったので、新しい時代の産みの苦しみだと考えるようにしていた。しかし、それから四半世紀以上がたっても、状況はあまり変わっていない。

 

多くの日本人は、それは憲法9条のせいだと思っている。私も、昔はある程度はそう感じていた。だが今は疑っている。むしろ、それは、憲法9条のせいではないのではないか、と強く思い始めている。

それはむしろ、憲法9条を利用して、特定の政治イデオロギーを振り回す一部の社会勢力のせいだ。

日本人は、憲法9条が何かすごく特別なものだと思い込んでいる。だから日本が何か特別な外交的制約を憲法9条から受けているのは、仕方がないことだと感じている。戦後の日本の根深いイデオロギー闘争の状況の中で、培われてきた感覚だ。

〔PHOTO〕gettyimages

だが果たしてこの感覚に、法的根拠はあるのだろうか?

ない、と私は思っている。

憲法9条が、日本に何か特別な制約を課しているなどという感覚は、すべて「勘違い」だったのではないか、と思っている。

あるいは、はっきり言えば、政治イデオロギー闘争の中で生まれてきた「陰謀」の所産だったのではないかと思っている。

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