アゴの頑丈な「120万年前の人類」たちは何を食べていたのか

噛む力が、運命を分けた
更科 功 プロフィール

ダーウィンフィンチのクチバシ

ここで思い出されるのが、ダーウィンフィンチの研究だ。ガラパゴス諸島にはダーウィンフィンチという鳥が14種ぐらい棲んでいる。その中にはクチバシの大きい種も小さい種もいる。クチバシの大きい種は、大きくて硬い種子を割って食べることができる。一方、クチバシの小さい種は、小さくて柔らかい種子を食べることが得意である。クチバシの大きい種も小さくて柔らかい種子を食べることができるけれど、クチバシが小さい種ほどは上手く食べることができないのだ。

【写真】ダーウィンフィンチ
  ダーウィンの『ビーグル号航海記』に収載のダーウィンフィンチの絵。和名は、1.オオガラパゴスフィンチ、2.ガラパゴスフィンチ、3.コダーウィンフィンチ、4.ムシクイフィンチ photo by gettyimages

したがって、クチバシの大きい種は大きくて硬い種子を、クチバシの小さい種は小さくて柔らかい種子を食べているのだろうと思われていた。ところが調べてみると、そうではなかったのだ。

イギリスの生物学者であるピーター・グラント(1936〜)とローズマリー・グラント(1936〜)は、ガラパゴス諸島にある大ダフネ島で、長年にわたりフィンチの研究を行った。その粘り強い研究によって、フィンチが何を食べているかが明らかになった。クチバシの大きいフィンチも小さいフィンチも、小さくて柔らかい種子を食べていたのだ。

でも、それならどうして形の違うクチバシが進化したのだろうか。小さくて柔らかい種子を食べるのなら、クチバシが小さい方が少し有利なはずだ。だから、クチバシの小さい種が自然選択によって増えてきて、ついにはすべてのフィンチのクチバシが小さくなりそうだけれど。

それは、島が干ばつに襲われたときのことだった。90パーセント近くのフィンチが死んでしまった。しかし、そこで生き残ったのは、クチバシの大きいフィンチが多かった。クチバシの小さいフィンチで生き残ったものは10パーセント以下だったにもかかわらず、クチバシの大きいものは半分以上が生き残ったのだ。多くの植物が枯れて、小さくて柔らかい種子が減ると、大きなクチバシのフィンチは、大きくて硬い種子を食べ始めたのである。しかし、クチバシの小さいフィンチは、大きくて硬い種子を食べることができなかった。

有利な形質は入れ替わる

大ダフネ島には、普段は柔らかい種子も硬い種子もある。その状況では、クチバシが小さいフィンチが少し有利だ。柔らかい種子を食べるのは、クチバシの小さいフィンチの方が上手だからだ。しかし干ばつになると、話は変わってくる。硬い種子を食べることに関しては、クチバシの大きいフィンチの方がかなり有利だからだ。

このように、年によって、クチバシの大きいフィンチが有利になったり、クチバシの小さいフィンチが有利になったりする。そのため、今も両方のフィンチがいるのだろう。

さて干ばつのときに、クチバシの大きいフィンチが、硬い種子を食べるのはうなずける。だって、それしかないのだから、贅沢は言っていられないのだろう。しかし、クチバシの大きいフィンチは、干ばつでない普段はどうしているのだろう。柔らかい種子と硬い種子が両方あるときは、どちらを食べているのだろう。

それは決まっている。クチバシの大きいフィンチだって、柔らかい種子を食べているのだ。柔らかい種子と硬い種子が両方あれば、柔らかい種子を食べるのが当然だ。たしかにクチバシが大きいのだから、硬い種子も食べられるだろうけれど、何が悲しくて硬い種子を食べなくてはならないのだ。目の前に柔らかい種子があるというのに。

クチバシが大きいという理由だけで、硬い種子を食べていたと結論することは危険である。普段は柔らかい種子がたくさんあるが、干ばつになると硬い種子だけになる、といった気候や環境も考慮しなければならないし、同じところにクチバシの小さいフィンチが棲んでいることも、何らかの影響を及ぼしている可能性が高い。生物の形だけから生活の仕方を推測するのは難しいのである。

【写真】オオサボテンフィンチの一種
  クチバシが大きいからと言って、硬い種子を食べていたと結論することはできない(写真は、オオサボテンフィンチの一種) photo by gettyimages

頑丈型猿人の場合も、同じような状況ではないだろうか。普段は頑丈型猿人も、華奢型猿人と同じものを食べていたのだろう。しかし、冬とか乾季とか食料が足りなくなる時期には、砂まじりの根や塊茎を仕方なく食べたのかもしれない。そのため、華奢型猿人が生きていけないところでも、頑丈型猿人は生きていけた可能性がある。実際、華奢型猿人が絶滅した後まで、頑丈型猿人は生き延びたのだ。

単純に言えば、華奢型猿人は美味しいものしか食べられなかった。頑丈型猿人は、美味しいものも不味いものも食べられた。でも、美味しいものと不味いものが両方とも目の前にあれば、頑丈型猿人だって美味しいものを食べたに違いない。きっと、あなただって、そうだろう。