「終身雇用に後ろ向き」はトヨタ自動車の躓きの石となる

トヨタをトヨタたらしめるものとは
大原 浩 プロフィール

トヨタ生産方式を支えるのは終身雇用である

豊田章男氏の「終身雇用に後ろ向きな発言」は、最初、誤報か記者の勘違いではないかと思ったほどである。つまり、「あり得ない」「あってはならない」発言なのである。

これから消えていく企業(負け組)のまとめ役である、経団連の中西宏明会長の「俺たち負け組だから、終身雇用はもう勘弁してくれ……」という発言とは重みが違う。負け組企業は、負ける前になにか対策をとるべきであって、負けてしまってからは何もできないのは確かだ……。

「終身雇用」は、「トヨタイズム」、「トヨタ生産方式」の基盤をなす礎石のようなものである。

ビルディングなどの礎石をとってしまえば建物が倒壊してしまうが、トヨタ自動車の礎石である「終身雇用」を取り除いてしまえばトヨタ自動車そのものが倒壊する。

「トヨタ生産方式」の素晴らしさに感銘し、そのエッセンスをとり入れようとする外国企業は多いが、成功例が少ないのは、「トヨタ生産方式」の背後にある終身雇用=従業員の身分保証が重要であるということを理解していないからだ。

 

例えば「カイゼン」。現場の従業員にどんどん改善点を提案させて、生産システムに反映させていくことが「トヨタ品質」につながっているのだが、これを実現するには終身雇用が絶対必要なのだ。

例えば、自分あるいは同僚が素晴らしい「カイゼン」を提案して、職場の生産性が向上したとする。

その結果何が起こるか? 自分の職場の必要人数が減るのである。終身雇用であれば、「配置転換」で、次の職場が保証されているし、うまくいけば前の職場の功績で出世できるかもしれない。

しかし、終身雇用が保証されていなければ、「自分のアイディアで生産性が向上したおかげで、自分が首になる」という結果を招くことにもなりかねない。

世界の多くの企業で、素晴らしいシステムである「カイゼン」が急速には普及しないのも、従業員の身分が保証されないからである。

そのような職場では、自分自身のアイディアを出すのを渋るのはもちろんのこと、積極的に「カイゼン」に努める同僚を倉庫の裏に呼び出してぼこぼこにするなどということも頻繁に行われるだろう。

ちなみに、日本の労働争議が近年落ち着いてきたのも、終身雇用のおかげである。終身雇用が無ければ、自分の職を守ろうとする組合員の動きは先鋭化するし、暴力沙汰も頻発するだろう。

戦後しばらくの間の労働組合は、「暴力組合」と呼んでもかまわないほどの暴力を振るっていた。もちろん、命の次に大事であろう自分自身と家族を養うための仕事を守ろうとする気持ちはわからないでもないが……。

豊田章男氏は、当時とは人材の「流動性」に大きな違いがあり、リストラされても他の会社で雇われるチャンスがたくさんあると言いたいのかもしれない。

しかし、「他の会社にうつるかもしれない」と考えている社員が、10年先、20年先、30年先のトヨタ自動車の発展のために頑張ろうと考えるだろうか?

繰り返すが、トヨタシステム(生産システム)が終身雇用(従業員としての身分保証)の上に成り立っているのは間違いない。

また、終身雇用が保証されず「将来他社に転職するかも知れない」と考えている社員に向かって、「今のトヨタは好調だが、将来は多くの困難が待ち構えているかもしれないから頑張ってくれ!」ということが、どれほど滑稽なのかわからないのだろうか?

「トヨタの将来が不透明ならば、好調な今のうちに技術を持ち出して、他社で優遇してもらった方が得だな……」と考える社員を経営者が責めることはできないだろうと思う。