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ある編集者が証券マンに教えた「損益を度外視してでもやるべき仕事」

東京マネー戦記【15】2010年秋

証券マンの周囲には、人知れず業界の情報交換を行う知己の記者や編集者が歩きまわっている。中堅ディーラーとなった「ぼく」にも親しいマスコミ人がいた。曲がり角の日本経済と、家族の悩みーー彼とのやりとりから生まれた、ある決意とは?

最前線で戦う証券ディーラーたちの日々を描く「東京マネー戦記」第15回。

(監修/町田哲也

 

儲かるかどうか、だけではなく

自分の考えを発言することの重要性を認識したのは、ぼくが37歳のときだった。

マスコミから取材を受けることは少なくなかった。マーケットでの経験は10年を超えるので、記者がちょっとしたことを訊くには都合の良い存在だったのだろう。

とくに話すことが多かったのが、富山昭一というある経済誌の編集者だった。

大きなディールが終わると、売れ行きやマーケットの反応を訊きに電話してくる。広く取材しているようで、事実を誇張して回答するとすぐに見破られたものだった。

よく質問されたのが、金融政策についてだった。金利の動きは、中央銀行である日本銀行の政策に左右される。一般的に、日銀が国債の買入れを増やせば需給が改善して金利が下がるし、買入れを減らせば逆に動く。

日銀は前年に、企業が発行する社債の買入れに踏み切っていた。社債を購入することで、企業の金利負担を低くすることができる。新しい金融緩和策として注目されていた。

毎月一定額の社債を機械的に購入する巨大投資家の登場は、マーケットへの影響が大きかった。社債の利回りは低下し、企業の発行コストも下がっていく。しかし買入れ対象を比較的信用力の高い企業に限定していたため、大多数の企業の負担は変わらないという指摘もあった。

「本当にこんな政策で、企業に資金が回っていくのか?」

富山は、社債買入れの効果を疑問視していた。日銀の購入金額とレートばかりに注目が集まり、政策の妥当性が議論されることはほとんどなかった。

「毎月あれだけ買っていれば、それなりの効果はあるよ」

「本当かなあ。対象は優良企業ばかりだろ。そういう会社の社債を買うことが、資金繰りの厳しい企業のサポートになるようには思えないんだよ」

「金融政策だからって、どんな企業でも買うわけにはいかないんだろ。買ってくれるだけでもいいじゃないか」

「証券会社の人間が、そんなに意識が低くてどうするんだよ。君が考えなきゃいけないのは、どうすればマーケットが良くなるかだろ」

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どんな投資家であれ、マーケットの参加者が増えることはビジネス上のメリットになる。実際に金利が低下したことで、一部の企業の社債発行が増加するという好影響が生じていた。

しかしそれだけでは、金融政策として不充分だという。儲かるかどうかという発想で行動しがちなぼくにとって、マーケット全体の価値を考える富山の指摘は、さまざまな気づきを生じさせる貴重な存在だった。