うつ病が「人生の苦悩」から「脳の疾患」に変化したことの意味

うつ病の医療人類学
北中 淳子 プロフィール

さらに、うつ病を神経化学的な変調と捉えるバイオロジカルな見方は、鬱の徹底的な身体化と管理への動きをももたらした

以前の、感情との対峙こそが真の自己へと到達する道とされた実存的うつ病観の時代からは大きくかわり、現在私たちは心を数値化し、可視化しようとするさまざまなテクノロジーに囲まれて生活している。

ストレスを計量する装置が職場で用いられ、ウェアラブル端末によって血圧等を自己監視することも日常化しつつある。SNSの記録から、躁うつ病等の既往歴や自殺のリスクを判断することさえ難しくないとされ、自殺予防への可能性も探られている。健康のみならず、人格までもが数値化される「計量化された自己(quantified selves)」の氾濫する時代が現実のものとなりつつある。

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少し前までSFの世界でしか語られなかったような世界――人々が互いをスキャンしあい、相手の遺伝子、健康、社会階層、家族背景、居住地のみならず人気度までが瞬時に数値化され、職場では、各社員の気分の変調、ストレスの度合い、効率度等の評価が常に測定される「心のサーベイランス〈観察/監視〉社会」――はすぐそこまで来ているのかもしれない。

このような心の管理が健康と幸福をもたらすのかについては今後議論が必要だろう。疫学研究でも示されているように、厳密すぎる健康管理は、それ自体が過剰なストレスを生み出し、かえって心身の健康に害を及ぼしかねない

また、人々が自らの心身を監視し予防を試みる時代に、医療行為と自己鍛錬の境界線が徐々に曖昧になっていることも懸念される。自己の生き方の振り返りが、新たに監視テクノロジー・自己鍛錬的志向性を帯びて、制度化されつつある中で、自己の振り返りのお作法も急速に変化しつつある。

前世紀に求められたような重く、実存的な問いが影を潜めたかわりに、現在はストレスレベルを自己監視することで、より軽やかに、しなやかに自己管理をこなす「レジリエント」な主体が希求されている