うつ病が「人生の苦悩」から「脳の疾患」に変化したことの意味

うつ病の医療人類学
北中 淳子 プロフィール

本来うつ病とは(多くの精神疾患がそうであるように)、バイオロジーに加えて、その人の性格や生き方、置かれている環境や人間関係といったさまざまな要因が複雑に絡み合って生じる病であり、その回復はしばしば直線的経過を辿らない

一度こじらせてしまうと、回復までに何年もかかることもある。それにもかかわらず、単純化された脳疾患モデルが一般に広まってしまったことで、安易にうつ病診断・治療を求め、慢性化・遷延化してしまうケースも増加した。

また、うつ病は比較的容易に治療できるという認識ばかりが強調されてしまったために、一見ストレス要因が取り除かれたように見えるのに回復しないうつ病患者に対して、周囲の不満も高まってしまった。精神医学内ではずっと以前から見られた難治性のうつ病患者が、メディアでは「新型うつ病」として、未熟な人格の問題であるかのように扱われ、新たにスティグマ化される危険にも曝されていったのだ。

 

レジリエンスの欠如としての鬱

そうした中、徐々に精神障害を完全に制圧することの難しさに一般の人々も気づき始めたが、その結果何が起こっただろうか。

実は2000年代とは、前述のようにバイオロジカル・オプティミズムに溢れた時代であったが、その後すぐにそれが褪せていった時代でもあった。精神医学領域においても、遺伝に基づく精神医学的知識が、完全からは程遠いことが明らかになったためだ。

ヒトゲノム研究は、期待されていたような精神疾患の原因解明はもたらさなかったが、他方で、私たちが多種多様な疾患リスクを示す遺伝子をいくつも抱えた存在であることを明らかにするものであった

このことで、たとえ現段階では表面的に「疾患」として現れていないとしても、そのリスクが実は体内深くに潜んでおり、私達は皆「症状が出る以前から“病気”」(ローズ 2014)である、という認識が生まれたのだ。

私達皆がリスクを抱えた存在であり、一度発症してしまうと、なんとも複雑で、完治し難い病であるならば、そのような現象が起動し始める前に介入して、病を未然に防ごうとするのは自然な考え方だろう

そのような介入が有効ならば、たしかに個人の苦しみ・家族の負担が減るだけでなく、国家レベルでの社会的・経済的コストも削減される。このような問題意識は、グローバルに精神障害早期発見の動きを生み出し、病になる前にそのリスク要因を摘み取ってしまう先制医療や、そもそも病に罹らないように人びとを強靭に作り変えてしまおうとするレジリエンス医療への動きを加速化させている。