「地方」と「地方銀行」はなぜ衰退するのか?

若者の邪魔をしない社会が必要
大原 浩 プロフィール

ふるさと納税にすがっているようでは終わりだ

ふるさと納税制度は、始まった時から「アフリカへの食糧援助」のような結果になると思っていたのだが、現状はまさにその通りだ。

困っている人を助けるという「人間の優しさ」は大いに称賛されるべきだと思う。ただ、それが本当に困っている人々のために役に立つのかはよく考えなければならない。

「アフリカへの食糧援助」でしばしば語られることは、その援助のためにアフリカの人々に依存心が芽生え、自立心や勤労意欲が衰え、食糧援助なしには成り立たない社会になってしまったということだ。

事実、小麦粉から作られるビスケットやパンを食べるようになったアフリカの人々が、野草や昆虫などを食べなくなり、飢饉に弱い社会となったのはよく知られることである。

彼らに提供すべきなのは「食糧」では無く「食糧を十分生産できるノウハウ・能力」なのである。

 

ふるさと納税も「自分の故郷を支援する」という大義名分に異存はない。しかし、その手法は、都市部の納税者の血税を奪い、地方に付け替えているだけに過ぎない。

また、本来の趣旨をから言えば「返礼品」など必要無いはずなのに、「返礼品無しでは成り立たない」ような馬鹿げた話になっている。これではPayPayのポイント大還元と何ら変わりは無く、ふるさと納税を行う人間は単なる返礼品目当ての自分勝手で利己的な人々ということになる。

大阪府泉佐野市がふるさと納税制度から外されたことに異議を申し立てている。確かに、総務省の手続き・手法には問題があるが、ふるさと納税の本来の趣旨から言えば、泉佐野市の行為は、社会に害悪を与えるだけのものであることは間違いない。

ふるさと納税は、強制的に都市住民の血税を奪い地方に分け与える制度である(制度上は都市にふるさと納税してもかまわないのだが……)。だから、その行為を是認するためには、その資金を受け入れ側が有効活用し、最終的には日本全体の発展に役立てなければならないはずだ。

返礼品競争で、ひたすら「施し」を求めることに血眼になっている議員や役人などの「大人たち」を、意欲的かつ将来性のある若者たちがどのように見ているのかを彼らは考えたことがあるのだろうか?

それがわからないようでは、地方の衰退は止められない。