損保ジャパン4000人削減「介護へ転属」の深層と、この社会のバグ

これは職業差別ではないのか
御田寺 圭 プロフィール

差別を利用した巧妙な手口

損保ジャパンの施策は、数年前にIBMのリストラ手続きで裁判沙汰にもなった「追い出し部屋」「ロックアウト解雇」のように明らかに懲罰的な手段ではなく、あくまで「転属」に過ぎないため、いわゆる「労働者の権利/人権問題」の事案としても争点にはなりづらい。

いや、それどころか「介護」という社会的意義が大きな事業への転属であるがために、これを批判してしまうとかえって「介護職を差別している」という価値観を表明しているかのようなリスクが発生してしまうので、「労働者の人権」というリベラル的な文脈による批判も申し立てにくい状況となっている。

あくまで会社側の論理としては、「リストラ」をするかわりに「善意」の配置換えをしただけである。懲罰的な左遷ではない(懲罰と勝手に解釈しているのは世間である)。これによって、不必要な「会社都合退職」を避けられるし、多くの社員がもし踏ん張って介護の仕事を続けてくれるなら、介護業界の人手不足も解消できる――。

しかし同時に世間が前述したような職業差別的な価値観を内面化しているからこそ、介護事業への配置換えが一種の「罰」として機能するわけだし、「自己都合退職を促す裏技」の役割を果たしているのだ。

 

これは世間の職業差別を利用した高度なテクニックといえる。総評すれば、損保ジャパンのやり方は大胆ではあるが、その手続きはきわめて巧妙である。今回の「転属プラン」の立案者はきわめて怜悧で、なおかつ社会を俯瞰的に読む能力にすぐれた人間だろう。

私たちは損保ジャパン社員4000人の人生が翻弄されるさまを「残酷物語」として対岸の火事のように消費し、片付けてしまうのだろう。来月にもなればほとんどの人はこの物語を忘れ、次に別の場所で発生した「スキーム」に対してもまた同じように「おー怖い怖い(笑)」と反応することを繰り返す。

この物語に「残酷さ」を付与しているのは、ほかでもない私たち自身なのだが。