損保ジャパン4000人削減「介護へ転属」の深層と、この社会のバグ

これは職業差別ではないのか
御田寺 圭 プロフィール

カネカのように炎上しなかった理由

今回の経緯を見て、先月話題になったカネカの「育休復帰後に即転勤で炎上」の一件を思い出した人も少なからずいたようだ。

カネカの件は、当事者との意思疎通の問題はあったにしても、あくまで個人がそのキャリアの希望に合わないということで退職した一件であった。しかしながら世論は「カネカは前時代的な企業」「カネカ許すまじ」の論調へと傾いた。

一方で、事前に希望退職者を募るわけでもなく、いわば「合法」な形で4000人もの人員を削減する損保ジャパンについては、炎上するどころか、表立って批判する声さえ私の観測するかぎりきわめて少ないように見える。

カネカと損保ジャパン――世間の怒りの「雲泥の差」はいったいなぜ生じたのだろうか。

 

身もふたもない結論を言ってしまえば、前者は「世間の同情を喚起する物語」であり、後者はそうではないという違いが現れたのだろう。

カネカの件は「優秀な人材が会社の横暴によって人生をめちゃくちゃにされ、しかも子育て世代(とその子ども)が犠牲となった物語」として同情的に受容された。しかし損保ジャパンの件は違う。「エリート風を吹かしているうちに時代の流れに取り残されてしまったサラリーマンが、“実際の能力に相応なセクション”に再割り当てされた、現代版の『残酷物語』なのだ」という程度のエピソードとして解釈されてしまったのだ。

先述した「低賃金カルテル」という概念を踏まえ、あえてより厳しい表現をすれば、「介護職に配置されるような人材を、大企業が抱える余裕がなくなっただけの話」と皆が暗黙裡に納得したせいで、カネカのときのような「家族や子どもが可哀想だろ!!」という大合唱がまったく起きず、「エリートも無事では済まない時代だなあ。怖い怖い(笑)」程度の話で片付けられてしまった。

あるいは「これで転属させられるような奴は、大企業の威を借る無能だったのだ。職位に甘えてスキルを磨かなかった自己責任だ」とさえ考えている人多いかもしれない。