事故で半身不随…サッカー「消えた天才」を救った、妻の深くて強い愛

誰よりも、大切な人だから
現代ビジネス編集部

誰よりも大切だからこそ、別れなきゃいけない

そして、付き合いが始まってわずか5ヵ月しか経っていない1983年8月7日、過酷な運命が2人を襲う。

同窓会に出席するため、甲府へ帰省していた羽中田は、原付きバイクで友人宅へ出かけた。その帰り、中央本線の跨線橋を越え、下り坂にさしかかったところで前輪がパンクする。バランスを崩し、空中に投げ出された身体は、激しく道路に叩き付けられた。

 

意識を取り戻した羽中田は、固いアスファルトの上に横たわった身体を起こそうとした。目は開けられる。指は動く。手も動く。ところが、胸から下がまったく動かなかった――

その夜、まゆみさんの自宅の電話が鳴った。胸騒ぎがして、あわてて電話に出ると、友人の動揺した声が耳に飛び込んできた。

「ハチュウが事故ったらしいんだ! まゆみちゃん、何か知ってる?」

息もできないほどのショックに震えながら、まゆみさんは呆然と受話器を握りしめていた。

病院に搬送された羽中田は、頭蓋骨と腰骨に穴を空けられステンレスの器具で空中に固定された。この日から3ヵ月、身動きがとれないまま、ただひたすら安静に務めるという治療に耐えることになる。

数週間後、やっと面会が許されたまゆみさんは、恋人の変わり果てた姿に言葉を失う。だが、決して涙は見せなかった。誰よりもつらく悲しいのは、目の前にいる恋人なのだ。彼女は、病室にいる間中、手の甲をきつくつねって、涙がこぼれそうになるのに耐えていた。

この翌日から、まゆみさんは1人で病室に通うようになり、そのうち短大の授業を休んで、1分でも1秒でも一緒に過ごそうとするようになった。

まだ数ヵ月の付き合いだが、明るくて人にやさしく、何事にも前向きな恋人は、自分にとって大切な存在になっていた。彼が事故に遭い大ケガを負っても、まゆみさんが彼を想う気持ちには1ミリの変化もなかった。

だが、入院から3ヵ月で羽中田が寝たきりの状態を脱して車イスに乗れるようになり、リハビリが始まって1ヵ月が経ったとき、運命の宣告が下される。

リハビリ専門の病院への転院が決まり、羽中田は、その前日に主治医の部屋を訪ねた。

主治医は、レントゲン写真を見ながら、冷静に切り出した。

「残念ですが、羽中田くんの足は一生動かないでしょう。病院を移ったら、車イスで生活するためのリハビリをしてください」

絶対に聞きたくない言葉だった。羽中田は残酷な宣告に打ちひしがれた。

まゆみさんは病室で待っていた。羽中田は軽い調子で「ちょっと話があるんだ」と言って、まゆみさんをロビーに誘った。

羽中田は感情を押し殺して、言うべきことだけを告げた。

「オレの足、もう動かないんだって。明日から神奈川の病院に移る。会うのは今日で最後にしよう。いままで本当に、色々とありがとう」

羽中田が頭を下げる。まゆみさんは嗚咽を止めることができなかった。

〈自分は彼女を幸せにできない。誰よりも大切な人だからこそ、別れなきゃいけない〉

縛りつけられたように動けないまゆみさんを、羽中田は出口まで連れて行った。そして、見送ることなく、病室へ戻った。

絶望の淵に突き落とされた19歳の少年の、精いっぱいの優しさだった。

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