ファーウェイ事件とは何だったのか? その既視感とトランプの恐怖心

歴史は繰り返さないが、韻を踏む。
池田 純一 プロフィール

ヘンリー・キッシンジャーの態度

ともあれ、HDTVにせよ、5Gにせよ、アメリカ政府の意思決定の根底にあるのは「監視に対する恐怖」というパラノイアだ。その一端は、他でもないアメリカ外交の重鎮ヘンリー・キッシンジャーの態度にも垣間見られる。

キッシンジャーは、今からちょうど1年前に“How the Enlightenment Ends(「こうして啓蒙は終わる」)”というタイトルのエッセイをThe Atlantic Monthlyに寄せていた。

AIが人間を凌駕することへの懸念から書かれたエッセイだが、そこでは、啓蒙思想=哲学が技術を生み出していたはずが、いつの間にかその立場が逆転し、AIのような最新の技術がそれにふさわしい哲学を求めるようになったと論じられている。

ここで興味深いのは、それまでAIに関心を示していなかったキッシンジャーが、一転してAIに注目するようになったのは、AlphaGoがプロ棋士を下すのを知ったためだった。

あの戦略ゲームとしてはチェスよりも格段に難しいと言われる碁において、AIが人間よりも優位になったという事実が、キッシンジャーを本気にさせた。さすがは地政学的戦略を考案してきたキッシンジャーだけのことはある。

世界は、文字通り、ボードゲームだったのだ。

チェスは、西洋における軍事戦略を考える上でのモデルであり、なによりチェスにおける思考の訓練が、数多ある戦略オプションから、たった一つの選択肢を選び、その選択によって、無数の可能性に開かれていたはずの未来を「たった一つの現実」として現前させることの意義を考えさせる、思考の修練の場だった。

ここで経済学における「ゲーム理論」が、いわゆる「囚人のジレンマ」のように、冷戦における核戦争戦略の思案の中で発展してきたことを思い出してもいいだろう。

米ソ2大国が、互いにコミュニケーションを介さずに対峙していたこと自体、すでにひとつのボードゲームに興じていることと等しかった。その上で、近代的な合理思想がゲーム理論の装いで発展させられていたのである。

 

核エネルギーの開発が近代的な物理学の思弁の果てに人類が手にしたものであったの対して、その軍事利用である核兵器を用いた戦争についての戦略を考案したのもまた、人類の合理的な思弁だったのである。

その高度に知的な思考の塊であるボードゲームで、人類の近代的合理思考の結晶であるAIが人類を下してしまう。

そして、そのAIの開発に国をあげて邁進しているのが中国である。キッシンジャーの目にはそう映った。戦略ゲームでのAIの優位から、一気に、地政学的想像力に向かうところがいかにもキッシンジャーらしい。そこから、「西洋文明の危機」を感じ、アメリカもまた、AIを重視すべき!というところにまで思考を飛躍させるのだから。

ここに見られるのは、中国を恐怖と羨望の両面から眺めてしまう、西洋人の姿勢の反復である。「黄禍論とテクノオリエンタリズム再び」なのである。軽蔑と礼賛の両極が現れるのは、愛憎をともにもたらすほど執着しているからで、それだけ、西洋近代にとっての、中国という存在の重さを物語っている。