ファーウェイ事件とは何だったのか? その既視感とトランプの恐怖心

歴史は繰り返さないが、韻を踏む。
池田 純一 プロフィール

パラノイア的恐怖の源泉

では、このファーウェイ事件にどこか既視感を感じるのはなぜなのか。

それはこの一件が、90年代前後の日本の家電産業に向けられたアメリカ政府の振る舞いと重なって見えるからだ。30年前にあった「高精細テレビ(HDTV)」開発競争におけるアメリカの過敏かつ過激な反応に似ているのだ。

昔話になるが、インターネット前夜の80年代末から90年代初頭にかけては、テレビを主力商品にして日本の家電メーカーが世界を席巻しており、その余勢を駆って、日本企業ならびに日本政府――具体的には家電メーカーを担当する当時の通産省ならびに放送事業を管轄する当時の郵政省――は、次世代衛星放送における高精細テレビ(HDTV)の技術標準を確立することで、情報家電における地位を盤石のものにしようとしていた。

 

当時の日本メーカーの躍進ぶりを示す、半ば冗談めいたエピソードを一つ紹介しておくと、世界初のインターネットブラウザである「モザイク」を開発し、それをきっかけにNetscape Communicationsの共同創業者として大成功を収め、今ではシリコンバレー有数のベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロヴィッツを率いるマーク・アンドリーセンという伝説的人物がいるのだが、彼がまだ中西部にあるイリノイ大学で情報科学を学んでいた頃、就職のために日本語を学ぼうと考えていたことがあったのだという。

中西部には仕事がなく、シリコンバレーに行っても業績が良いのは日本企業くらいだから、という理由からだった。だがその人物が、30年後には世界を席巻するシリコンバレーのスタートアップ企業の支援者になっているのだから、世界は文字通り、ひっくり返ったのだ。

ところで、HDTVと呼ばれた次世代テレビが、高精細というそのスペックを実現するためには、従来よりも広帯域の放送波が必要で、それを実現できるのが、80年代後半から商用利用が始まっていた人工衛星を利用して広域放送を行う「衛星放送」だった。

この衛星放送の台頭に乗じたHDTVの提案に対してアメリカが取った、一種パラノイア的な反応が、今のアメリカのファーウェイへの対応の様子とかぶって見える。それが「既視感」の源泉だ。もちろん、ファーウェイと違って、いきなり日本の家電産業との取引を停止するようなことはなかったのだが。

確かに、テレビ受像機など家電機器の輸入ばかりが増え、貿易取引上、劣勢に立たされている、という現実の不利益が80年代のアメリカを悩ませてはいたのだが、それだけならただの実務上の通商問題にとどまる。それが安全保障上の問題にまで高じるには、そこに人間の側が勝手に抱いたなんらかの恐怖が投影されなければならない。

そのパラノイア的恐怖の源泉が、「世界を包む監視網の完成」というナラティブだ。

30年前に人工衛星に対して抱かれた恐怖が、今日では5Gから生じている。その恐怖の源泉が、30年前は日本であったのが、今は中国なのだ。アジアの経済大国・技術大国によって、情報コミュニケーションのゲートウェイが確保され、常時、監視される恐怖だ。