photo by iStock

ジャニー喜多川、逝去…原点となった「少年野球」と、一途なまなざし

その波乱の生涯をたどる

「ユー」と語りかけてくれた

ジャニー喜多川さんが逝去した。87歳だった。

お会いしたことが一度だけある。1990年代半ばのことだ。東京・六本木にあったテレビ朝日の旧社屋に現れたジャニーさんが、私たち記者の囲み会見に応じて、所属タレントの活動方針について熱っぽく語ってくれたのだ。

エネルギッシュな人に見えた一方、質問には丁寧に答えて、ジェントルマンに映った。印象に残っているのは、記者たちに向かって「ユー……」と言ったことだ。「所属タレント以外も『ユー』と呼ぶのか」と、妙に感慨深かった。ジャニーさんの原風景はあくまでアメリカだったのだろう。

 

ジャニーさんは1931年にカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれた日系2世。父親は高野山真言宗米国別院の僧侶で、布教のために一家で渡米していた。

ロサンゼルスにあるハリウッド photo by iStock

戦前と戦後は太平洋戦争の戦火を避けるため、日米を行き来する。高校時代は戦後のロスで過ごし、さらにロサンゼルス市立短期大学を卒業した。同短大は映画の都・ハリウッドの近くということもあって、エンターテインメント関係の講座が充実しており、卒業生にはクリント・イーストウッド(89)や故ジェームズ・コバーンらがいる。ジャニーさんもエンタメに関する多くのことを学んだのではないか。