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羽生善治と学ぶ、将棋と武士道の結びつき

『教養としての将棋』本文の一部を特別公開
かつてはお年寄りかオタクの趣味というイメージだった将棋が、いまや大ブームとなっている。その火つけ役があの天才少年の出現だったことは確かだが、日本人お得意の一過性に終わらず、いまもさまざまなメディアで将棋がとりあげられているのは「藤井君だけじゃなく、なんだか将棋って面白い」と多くの人が気づきはじめたからではないだろうか。
そう、将棋は約1000年前にその原型が大陸から伝わって以来、「もっと面白く」を追求して先人たちがつくりあげた、いわば日本人の叡知の結晶である。盤上の勝ち負けにとどまらず盤外にも広がるその面白さが、いまも人々の好奇心を刺激してやまないのだろう。
年初に惜しくも逝去した、実は熱心な将棋ファンでもあった日本を代表する哲学者と、言わずと知れた将棋界のスーパースターが、将棋の「文化」としての面白さを縦横無尽に語り合った対談を、『教養としての将棋』より抜粋してお届けする。

将棋から日本の武士道がわかる?

梅原 羽生さんは、チェスも大変お強いそうですね。羽生さんから見て、将棋とチェスの基本的な違いは何ですか。

羽生 将棋とチェスを比べるというよりも、中国の将棋とか朝鮮の将棋とか、ほかのあらゆる将棋と比較して日本の将棋だけが非常に特殊というか、変わっているんです。それはやはり、取った駒を持ち駒にしてまた使えるというところですね。そのせいで、日本の将棋だけはゲームの終わり、つまり終盤戦がものすごく激しくなるんです。

ほかの将棋はゲームが進むにつれてだんだん駒が少なくなりますから、最後は静かに決着がつくんですが、日本の将棋は終盤になるほど激しく、そして複雑になって、逆転も起こりやすくなる。そこが日本将棋のユニークなところだと思います。

 

梅原 日本の将棋も最初は大陸から伝わったといいますから、持ち駒というルールは日本に来てから導入されたのでしょうね。ところが、なぜ日本の将棋にはそんなおかしなルールができたのか、不思議でならないという研究者がいます。日本の武士道精神に反しているといいます。いままで自分の戦力として働いていた駒が、取られた瞬間に相手側の駒になって刃向かってくるというのは、「忠臣は二君に仕えず」という武士のモラルから見ればとんでもない話で、なぜ武士道の国でこのルールが導入されたのか、理解に苦しむというわけです。

羽生 武士は裏切り者とか卑怯者などといわれるくらいなら、死を選んだといいますからね。

梅原 でも、じつはこれは不思議なことではないのです。武士というのは、もともとそれほど潔癖なものではなかった。二君に仕えず、一人の主君に生涯忠節を尽くすべしなどという精神が武士の間で確立したのは、徳川幕府の時代になってからです。戦国時代までは、武士は優秀な主君を探してあちこち転々とするのが当たり前でした。Aという親分とBという親分が戦ってBが殺されれば、Bの子分たちは平気でAの子分になった。むしろそれが日本の武士の伝統でした。

羽生 親分が殺されれば迷わず新しい親分に乗り換えていたんですか。

梅原 そう、そのような一見すると調子のいい行動が当たり前だったのです。そして、そういう行動をとっても後ろめたさを感じないように、武士たちが共通してもっていた精神的な拠りどころが、日本独特の怨霊思想というものです。

それは簡単にいえば、恨みを残して死んだ者の祟りを恐れるという思想です。祟りを恐れるがゆえに、勝った親分と敗者の子分が一緒になって、負けて死んだ親分の怨霊を祀ります。そうすることで、敗者の子分は後ろめたさを感じることなく勝者についていくことができる。生き残った者が一体になれるのです。日本には古来、そういう考え方がありました。将棋にもこの思想が入ってきたのではないかという気がします。

羽生 たしかに持ち駒使用のルールがあることで、日本の将棋だけが駒の色が全部同じで、敵味方の区別なく一体ですね。ほかの国の将棋はすべて、敵と味方が白と黒などに色分けされています。

梅原 「一体」という日本の伝統が、将棋においても持ち駒というルールを生んだのではないかと思います。

怨霊という日本独特の概念

羽生 そうした、死者の霊を恐れるという考え方は、日本独特のものなんですか。それとも、仏教の国に共通しているものなのか、あるいは西洋などにもあったのでしょうか。

梅原 死者の霊を恐れるという考え方は、おそらく世界中、どの国にもあったでしょう。しかし日本に独特なのは、怨霊思想がとりわけ強く残ったことです。怨霊とはつまり、恨みを残して死んだ人、非業の死をとげた人の霊です。それを鎮めることが、日本古来の信仰の基本にあった。それが日本流の神道や仏教などを発展させてきました。

たとえば日本の代表的な祭り。大阪の天神祭は平安朝で失脚して九州に流された菅原道真の霊鎮め、東京・浅草の三社祭は反乱を起こして討伐された平将門の霊鎮めです。京都の祇園祭も疫病の流行で亡くなった人たちの御霊(みたま)鎮めですね。いずれも、無念の最期をとげた人たちを祀っています。関西の人がいちばん恐れるべき霊は道真で、関東では将門であるのもそのためです。

羽生 非業の死をとげた人の霊だから祟りが怖い、だから祀るのですね。

梅原 それゆえ、戦いで死んだ兵士を祀る場合も、祀るのは味方の死者ではなく、敵の死者です。殺した敵の霊が祟るのを恐れて祀るのです。その意味で、味方の死者ばかりを祀っている靖国神社は、日本の伝統からそれています。本来なら中国や朝鮮で殺した人たちの霊を恐れ、祀るのが日本の神道です。だから、靖国神道は当時の国家によって意図的につくられた宗教だと私は考えています。