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DNAだけが知っている我々の過去…… 「分子歴史学」ここに爆誕!

遺伝子はウソをつきません!

閑静な住宅街の名前の由来が「漏れた〇〇」!?

かつて、こんな話を聞いたことがある。

現存する日本人は、明治期に生きていた人たちのうち、およそ2割の子孫にすぎない。残る8割の人たちは、子孫を残すことができずに家系が途絶えたのだ、と。

そういうこともあるかもしれないと思う反面、「本当か!?」という疑念も禁じえない。果たして真相はどうなのか?

改元によって皇位継承が話題になったこともあり、男系で家系を継いでいくことの難しさが議論になっている。世界中の歴史を振り返れば、男系を残すためには一夫多妻制度しか方法はなさそうだ。それは、私の愛読書の一つである『日本書紀』からも示唆されることである。

兄弟どうしが反目しあった雄略時代、男系を残すために即位した継体、倭の五王に比定される仁徳、履中、そして壬申の乱の話などは、ぜひ多くの方に一読していただきたいが、大学生に手にとってもらうためには、次のような逸話を披露するのがよさそうだ。

私が現在勤めている同志社大学の京田辺キャンパスは、京都市内から南に1時間ほどの閑静な山間にある。周辺地域も京都への通勤圏内になっている、いわゆるベッドタウンだ。なかでも、「祝園(ほうその)」「樟葉(くずは)」とよばれている地域は、おしゃれな一画として有名である。

崇神天皇の巻に、武埴安彦(たけはにやすひこ)が謀反を企てているので彦国葺(ひこくにふく)を遣わし討たせた、という話が載っている。

「武埴安彦がまず彦国葺を射たが当たらなかった。ついで彦国葺が武埴安彦を射た。胸に当たって殺された。その部下たちはおびえて逃げた。それを河の北に追って破り、半分以上首を斬った。屍が溢れた。そこを名づけて羽振苑(はふりのその。屍体を捨てた場所)という。またその兵たちが恐れ逃げるとき、屎(くそ)が褌(はかま)より漏れた。……褌より屎が落ちたところを屎褌(くそばかま)という」

「祝園・樟葉は、羽振苑・屎褌がなまってできた地名である!」という事実を聞いた学生たちはみな、ちょっぴり歴史に興味をもってくれるのである。

DNAから「歴史」を斬る!

私の専門は分子生物学で、アルツハイマー病などの難病の原因を明らかにする研究に長く携わってきた。そういう生活を送るなかで、ぽつぽつと発表されるDNAと歴史に関する研究に興味を抱きつづけてきた。

特に2010年代に入って以降、解析手法の進展によって、微量の骨から抽出されたDNAの配列を読み取ることができるようになり、その結果から、思わぬ史実が明らかになるケースが相次いでいるのだ。

駐車場で見つかったリチャード3世の骨 Photo by Wikimedia

このほど上梓した『王家の遺伝子』は、遺骨のDNA解析を通して明らかになった「王家」の意外な諸事情を、発表された論文に即して解説したものである。そのような研究を可能にしたDNA鑑定に関する説明と、遺伝子にまつわる最新の話題を盛り込んだので、歴史の真相とともに、最先端の生命科学の進展にも関心をもっていただけることと思う。