私の身体は「三重苦」

遠藤氏が言うには、私の身体は「三重苦」なんだそうである。

ひとつめは、両手がないこと。人は歩くとき、無意識のうちに両手でバランスをとりながら歩いているという。私にはそのバランスをとるための両手がないため、うまく歩くことができない。手がないことは、万が一転倒したときに頭部から地面に激突する危険性が高くなるということでもある。

ふたつめは、膝がないこと。膝継ぎ手がある大腿義足と膝継ぎ手のない下腿義足では、歩行の難易度がまったく違う。こんな数字もある。片足欠損者の陸上男子100メートルの日本記録を比べても、大腿義足のクラスが12秒61であるのに対し下腿義足のクラスは11秒70と、およそ1秒もの違いがある。膝を使って足を蹴り出したことがない人が膝の動きをマスターする苦労は、並大抵のものではなさそうだ。

そしてみっつめは、歩いた経験がないということ。事故や病気で後天的に足を失った人であれば「歩く感覚」を知っている。だから、失った部分を義足で補うことによって感覚を思い出しながら歩く練習をすればよい。しかし先天的に足がない私は、歩くとはどういうことか、その感覚を体得するところから始めなければならないのだ。そしてそのためには、義足で実際に歩くことをひたすら繰り返すしか、方法はないのだった。

歩けないと、予算はつかない

超福祉展のシンポジウムが11月13日の夜にセットされると、遠藤氏がこう言った。

「映像は、これまで撮影してきた採寸と採型や練習風景などのものを編集して作ります。ただ、ぜひ『シュービル オトタケモデル』を着けた乙武さんがトラックを歩く姿を撮影して、それを映像の目玉にしましょう。膝の機能はオフでやむを得ませんが、何メートル歩いたという記録を発表したいです」

現状でどこまでやれるかまったく自信がなかったが、遠藤氏に言われては断れない。あと1ヵ月、とにかくベストを尽くそう。私がうまく歩けず、プロジェクトの予算が付かなくなりました、という事態だけは避けなければならない。

撮影のハードルが下がったのは助かったが、私の歩行はなかなか上達しなかった。相変わらず、一歩足を踏み出すたびに滝のような汗が流れ、バリバリに張った背中が悲鳴をあげ、どうにもならずに倒れてしまう、そんなことの繰り返しだった。果たして、当日どれだけ歩けるのだろう。そもそも、歩いたと言えるだけの結果を出せるのだろうか。

歩行撮影日は、シンポジウムの4日前の11月9日に決まった。撮影後の編集作業を考えると、とてもタイトなスケジュールだが、できる限り私に練習の時間を与えたいという配慮によるものだ。だが、そんな彼らの温情さえプレッシャーに感じるほど、私は日に日に神経質になっていった。

構成/園田菜々

次回は7月7日公開予定です

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