数多くの離婚事例を取材してきたライターの上條まゆみさん。離婚はどちらかが善・悪と言い切れるものではない。しかも子どもがいれば尚更、「自分が我慢すればいいのでは」とも思ってしまいがちだ。離婚はすればいいというものではなく、選択肢の一つとして、幸せに生き生きと暮らすために決断すること。そこで様々な事例をご紹介し、少しでも迷っている人の光にしていただければと思う。

今回ご登場いただくのは、傍目にごく普通の家族だった夫婦の例。離婚と、その後の恋愛を経て、「男女関係の対等性の大切さ」を身にしみて感じたという。上條さんが話を聞いた。

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浮気も暴力も博打もないけれど

外資系保険会社の保険外交員として働く三雲早苗さん(仮名・44歳)は、待ち合わせ場所に膝下丈のワンピース姿で現れた。おっとりと優しげで、堅実なイメージの女性である。4年前に今の仕事に転職するまで、新卒で入った大手通信会社に正社員として勤めていた。

8年前、当時保育園児だった娘2人を連れて離婚した。結婚8年目に彼女自身から言い出し、カーッとなった元夫に勢いのまま判子を押させて成立させた離婚だった。
元夫は浮気も暴力も借金もギャンブルもなく、マザコンでもなかった。休日は子ども中心に過ごすなど、傍目にはごく普通の家族だった。それなのに、どうしても別れたかったのはなぜ? 

早苗さんと元夫との出会いは25歳のとき、渋谷で。「お茶でも」と声をかけられ、当時、彼女持ちの男性との不毛な恋愛に悩んでいた早苗さんは、投げやりな気分でついていった。「彼氏いるの?」と聞かれ、「いるけど、彼女持ちだから」と答えた。そうしたら、「そんな不誠実な男はやめろ、俺が忘れさせてやる」と。「この人、いい人かも」と、付き合いが始まった。

25歳のときに渋谷で声をかけられ、真剣な恋愛に発展した(写真の人物は記事とは関係ありません) Photo by iStock

いわゆるナンパがきっかけだったが、いつしか真剣な交際に発展した。途中、転勤で東京に来ていた元夫は関西に帰り、遠距離恋愛となったが交際は継続。3年付き合い、早苗さんが28歳、元夫が30歳で結婚した。

早苗さんの地元は九州で、3世代同居の大家族育ち。元夫の実家は大阪で、母1人子1人の母子家庭育ち。どちらも転勤で東京に出てきていた。育った環境は違ったが、4人姉妹の末っ子で可愛がられてきた早苗さんには、どこか孤独な影があるしっかり者の元夫は魅力的に映った。

「元夫のストイックなところが好きでした。自分に厳しく人にも厳しい。私のまわりは家族も友だちもみんな穏やかな人ばかりだったので、逆にそれが新鮮でした。先輩から『カネとオンナと時間にルーズな男は治らない』と言われたことがあるのですが、元夫については『それはないな』と。それで結婚を決めました」

良かれと思って同居、
待っていたのは夫と義母の罵り合い

結婚にあたり、早苗さんは勤めていた会社に大阪への異動を希望して認められた。住まいは、早苗さんの方から元夫の母との同居を申し出た。

「私の実家が3世代同居だったのですが、みんなすごく仲がよくて。同居最高! って思っていたんです。元夫とお母さんとの関係はあまりよくないと聞いていたのですが、私が潤滑油になってあげよう、と思ってしまいました」

結婚してまもなく、それは、苦労知らずゆえの思い上がりだったと知った。義母が自宅マンションを売って2000万円もの頭金を払い、元夫と早苗さんが2500万円ずつのローンを組んで建てた新居は、1階が義母、2階が共有のリビング、3階が早苗さん夫婦、玄関も水周りもすべて一緒。そこで始まった3人での暮らしには、幸せな家庭で育った早苗さんには想像もつかないような家族間での嫌味や罵り合いがあった。早苗さんがいくら取り持とうとしても、無駄などころか、その矛先は早苗さんにも向いた。

「義母は人と比べたがる性格で、最初のうちこそ『息子夫婦が家を建ててくれた』と喜んでくれていたものの、次第に誰それさんの家より狭いとか、環境が良くない、ということに不満を募らせてしまったみたいです。しまいには『私のお金目当てで同居を申し出たんでしょ』とまで」