日本の教育問題の根本にある「学年学級制」を克服する大胆提言

「未来の学校」とはどんなものだろうか
苫野 一徳 プロフィール

先に言ったように、これはひどく“不自然”な社会です。

わたしたちの市民社会は、本来、多様で異質な人たちが、その違いを認め合いながら、いかに共生していけるかを考え合っていかなければならない社会です。

にもかかわらず、子どもたちは学校において、そもそも異質な他者と出会う機会さえ十分に保障されていないのです。

むしろ多くの子どもたちは、突然投げ入れられた同質性の中で、いかにサバイバルするかに腐心する毎日を送っているのです。

市民社会の担い手を育てるという公教育の本質から言って、これはきわめて大きな問題です。

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多様性がごちゃまぜのラーニングセンター

そんなわけで、わたしは長らく、こんな未来の学校の姿を思い描いています。

幼児から、小・中学生、高校生、大学生、地域の人やお年寄り、障害者や外国人まで、とにかく多様な人が当たり前のように集い合う、“多様性がごちゃまぜのラーニングセンター”。そんな、新しい学校のあり方を提案したい。

学校の複合施設化と言ってもいいでしょう。学校を、子どもたち“だけ”が学ぶ場ではなく、さまざまな人たちが集い学び合う場にしていくのです。

多様な人たちが、必要に応じて、比較的同質的な空間からより多様性に満ちた空間まで、行ったり来たりできる環境をつくるのです。

そもそも、学校はなぜ子どもたち“だけ”が学ぶ場でなければならないのでしょう? 

せっかくの学習施設です。必要に応じて多様な人が集い学び合う、相互刺激の場にしてみてはどうでしょう?

そんなことできるわけがない、と思われるかもしれません。

確かに、壁はいくつもあるでしょう。セキュリティの問題は、特に考えなければならない問題です。

でもわたしは、いくつもの理由から、これはそう遠くない将来、きっと実現させられる未来の学校の姿だと信じています。

理由は大きく二つあります。