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中国は「巨大な北朝鮮」である…共産主義国家の悲しき運命

G20後の東アジアの興亡をよむ

中国は巨大な北朝鮮である

1929年にナチス第3代宣伝全国指導者(党宣伝部長)に就任したヨーゼフ・ゲッペルスはヒットラーにその宣伝・プロパガンダの才能を買われていたが、元々は国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の左派(共産主義)であった。

確かにナチスのプロパガンダは一級で、ドイツ国民を熱狂の渦に巻き込み、破滅への道へと導いている。

しかし、プロパガンダのすごさは、共産主義がファシズムをはるかに上回っている。

典型的なのが「リベラル」という言葉である。その本来意味するところは「自由主義」ということなのだが、いつの間にか共産主義者(左派)が自分たちを呼ぶ名称になってしまっている。要するに、共産主義者が「リベラル」という言葉に「背乗り」(工作員などの外国人などが、身寄りのない日本人の戸籍を奪い本人になりすますこと)したというわけだ。

そのおかげで、本当の自由主義者であるフリードリヒ・ハイエクやミルトン・フリードマン、さらにはロナルド・レーガン、マーガレット・サッチャーなどは、「リバタリアン」という「オバタリアン」のような奇妙な名称で呼ばれることになってしまった。

もちろん、共産主義に「自由」「人権」などは基本的に存在しない。天井の無いアウシュビッツと呼ばれるウイグルで人民を強制収容所に送り込み、1国2制度の香港でさえ人民に銃を向ける共産主義中国や、「キリング・フィールド」と呼ばれたカンボジア・ポルポト政権による大虐殺、ソ連のシベリア抑留・収容所列島、そして北朝鮮における金一族のやりたい放題など、数え上げればきりがないが、それぞれの国の指導者は英雄として祀りあげられ、人民が虐げられていることをプロパガンダで正当化している。

 

1958年から1961年までの間施行された「大躍進」や、1966年から1976年まで続き1977年に終結宣言がなされた「文化大革命」も、その実態はひどい。

まず「大躍進」は「大失策」とも呼ぶべきもので、毛沢東の号令のもと、鉄の生産増強に特に力を入れたのだが、当時の中国には、本格的な製鉄所を建設する資金も技術も無かったので、畑をつぶして簡易製鉄所を多数つくった。それにより(働き手も鉄の生産に奪われた)食糧が不足し、人為的な飢饉が生じた。

また、「文化大革命」は「文明大破壊」とも呼ぶべきもので、紅衛兵という毛沢東配下のゲシュタポ青年部のような組織が、走資派とよばれた「民主主義者」「自由主義」思想の人々の髪をつかんで道路を引きずり回した上、さらにリンチを加えて処刑するなどということが日常的に行われた。

詳しくは、5月18日の当サイト記事「天安門事件30年で中国は毛沢東時代に逆戻りする予感アリ」を参照していただきたいが、当時の共産主義中国の実態は、現在の北朝鮮以上にベールに包まれていた。

筆者の友人に「中国大好き」な、メーカーの経営者がいて、文化大革命が終わって間もなくの共産主義中国に旅行したのだが、その時でさえホテルの外に出るときには、機関銃を水平に構えた兵士たちが周りを取り囲んで、常に監視されていたと述懐している。

経済的にも、庶民は1日2ドルで暮らしているともいわれる北朝鮮よりも、経済政策がことごとく失敗し政争に明け暮れていた中国の人民の暮らしは厳しかったはずである。

1977年に文化大革命が終わり、翌年の78年から改革・開放が始まらなければ、共産主義中国はとっくの昔に「歴史的」存在になっていたであろう。