被疑者は言った。「警察って、そんなことまでやっていいんすか?」

話題作『刑事弁護人』第1章を特別公開
亀石 倫子 プロフィール

GPS

 

初回の接見で、やり取りが一段落したころ、黒田が突然話題を変えた。

「ところで先生、僕のような人間に、こんなこと言う資格はないのかもしれないけど、警察は僕たちの車にGPSをつけていたんですよ」

「は? ジーピーエスですか?」

黒田が、その話題に言及した意図がわからず、正直、ピンとこなかった。

薄い反応を察したのか、黒田は詳しい話を始めた。

「今年の夏の終わりごろだったか、テールランプの球が切れたっていうんで、中野がバイクを修理に出したんですよ。で、バイクのシートの下にある部品を覆うカバーを外すと、『バイクの部品じゃないモノがついてる』って修理した人に言われたんです。見ると、GPSだったんですよ。中野は、いずれ自分のバイクにGPSをつけようと思っていたみたいで、パンフレットでいろいろ見ていたんです。それと同じモノがつけられていたんで、ビックリしたみたいです」

まだピンとこない。

「夜になって中野から電話がかかってきたんです。『僕のバイクにGPSがついていました。黒田さんも車を確認してみてください』って。翌日の昼ごろに自分の車の下を覗いてみたんです。そうしたら、車体の真ん中あたりに、黒い紐のようなものがダランと垂れ下がっていたんです。何だろうと思ってさらにもぐってみたら、マフラーのパイプが並んでいる間に磁石で取りつけられているモノがあったんです」

黒田が何を言いたいのかわからない。

「取り外してみたら、紐のように見えたのは黒いビニールテープの一部が熱で溶けて取れかかったものでした。縦10㎝ぐらい、横5㎝ぐらいのプラスチックケースに、丸い磁石が6個だったかパテのようなもので取りつけられていて、黒いビニールテープでグルグル巻きにされていました。その中にGPS端末が入っていたんです」

Photo by iStock

黒田の話はわかった。しかし、どこに問題があって、どういう対応をすればいいのか、亀石にはすぐにはわからなかった。

「僕たちは、大阪以外のいろんなところに行って悪いことをしたんですけど、よく考えると、行く先々に『なにわ』ナンバーの車があったんです。みんなで、『どうして俺たちの位置がわかるんだろ』って話してたんです」

確かに、それは気分がいいものではないだろう。

「もしかしたら、僕らの携帯電話の位置情報が警察に把握されているのかもしれないという話も出ました。だから、中野のバイクや自分の車にGPSがつけられていたことがわかったとき、ああ、警察はこんなものを使っていたのかって合点がいったんです」

亀石は、ふと気になったことを口にした。

「で、そのGPS端末はどうしたんですか?」

「そのときは、用事があってすぐに出かけなければならなかったので、取り外したGPS端末を、近くに置いてあった軽トラックにくっつけて出かけたんです。戻ってきてからその軽トラを見たら、すでになくなっていました」

「写真も撮ってない?」

「撮ってないです」

「中野さんも?」

「中野も撮っていないと思います」

「黒田さんたちの間で、話題になっただけ?」

「まあ、そうです」

話としては興味深いが、何も証拠がない。

(うーん、そうか。この人が言っているだけなんだよな……)

裁判で問題にするには、大阪府警がそのような捜査をしていたことを裏付ける事実が絶対に必要になる。亀石は、黒田の話の裏付けをどうやって探せばいいのかを考えながら話を聞いていた。

「先生、警察ってそんなことまでやっていいんすか?」

黒田の口調に熱が帯びる。

「そりゃ、自分が悪いことをしたのはわかってます」

「はい」

「だから、それを争う気はぜんぜんないんです。素直に認めて、刑務所に行きます」

「はい」

「でも、警察がそこまでやっていいのか、どうしても不思議なんですよ」

亀石は、黒田の疑問に即答できなかった。だが、黒田が疑問に感じている以上、それについて応えるのは弁護人としての責務だと思った。

「わかりました。私も、GPSがつけられていたなんて話は初めて聞いたので、次に接見に来るときまでに調べてきますね」

亀石は、接見の際には必ず次回の日取りを決める。被疑者が不安に思う気持ちを少しでも和らげたいと思うからだ。

「次回は、4日後の15日に来ます。それまで待っててください」

亀石は接見室をあとにした。

依頼人の疑問や要望に対して、弁護人はそれなりの回答を持っていかなければならない。使える時間は3日間。その間、できるだけの努力をしようと決めた。

刑事弁護人

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