被疑者は言った。「警察って、そんなことまでやっていいんすか?」

話題作『刑事弁護人』第1章を特別公開
亀石 倫子 プロフィール

刑事弁護人として

 

1974年6月に北海道小樽市に生まれた亀石は、小説家で翻訳家の伊藤整、映画監督の小林正樹、お笑いコンビ「極楽とんぼ」の加藤浩次などを輩出した小樽潮陵高校を卒業した。都会に憧れて東京女子大学文理学部に進学する。だが、そこからの4年間は「暗黒時代」だった。都会育ちの裕福な家庭で育った「お嬢様」たちに囲まれて怖気づき、何かに挑戦する勇気が持てなかった。親しい友人もほとんどできず、孤独だった。

大学の4年間で手にしたのは、自分に自信が持てず、田舎者が東京に負けた敗北感――そんな思いを抱えて小樽に戻る。就職は、大手通信会社の札幌支店に決めた。小樽から長距離バスで通勤する毎日を送るが、ここでも環境になじめなかった。

総合職で採用されたのに、女性だけ制服があった。入社してそれを見たとき「辞めたい」と思った。大人になってまで、人に決められた服を着るのが我慢できなかった。しかも、20代の若手と50代のベテランが同じ制服を着ている。自分が50代になったときに制服を着て仕事をする姿が想像できなかった。

毎朝、職場の社員全員で行うラジオ体操も意味がわからなかった。上司に呼ばれ、「どうしてあなたはみんながやっているのにやらないの? どうして職場の和を乱すの?」と怒られた。周囲はみな、文句を言いながら従っていた。会社にいたら、おかしいと思っても黙って従う人間になりそうで怖くなった。2000年12月、同僚との結婚を機に3年8ヵ月の会社員生活を離脱。年内には、夫の勤務する大阪に移った。

亀石は、仕事そのものは好きだった。望んで退職したものの、無職になる気はなかった。リクルートなど数社に中途採用の履歴書を送ったが、面接すらしてもらえない。少しは名の知れた東京の大学を出て、大手企業に3年8ヵ月勤務したところで、即戦力にもならなければ、第二新卒として期待もされない。

目標を、資格取得に切り替えた。大きな組織の中で、いてもいなくてもいい歯車の一つになるのではなく、自分の仕事が社会の役に立ったり、人に何かを伝えられたりする仕事に関わりたいと考えるようになったからだ。

いくつかの資格を検討した。だが、少し勉強するだけで取れるような資格は、すぐに役に立たなくなると思った。一生働きたいと願う亀石には、そんな資格が通用し続けるとは思えなかった。

小さいころから「何者かになりたい」と思って生きてきた。誰ともなじめなくても「どこかに自分がいるべき場所があるはずだ」と思い続けてきた。その願望と、一生続けられる仕事という条件に合致したのが弁護士だった。亀石が弁護士に目標を定めたのは、会社を辞めてから3ヵ月後のことだ。

2001年4月から司法試験予備校で学び、2年間猛勉強を重ねた。2003年の旧司法試験で「択一式試験」に合格。しかし、論文試験はまったく歯が立たなかった。2年間必死に勉強すれば、マークシート式の試験には合格できる。でも、論文試験に受かるほどの法的思考力はほとんど身につかなかった。

このままでは受からない。悩んだ末、法科大学院で勉強する道を選択する。

2004年に法科大学院を受験、公立・私立などいくつかの合格証書を手にした。学費のことも考え、公立の大阪市立大学の法科大学院を選んだ。2年間の法律既習者コースで学び、2007年の新司法試験を受験する。不合格。翌年ふたたびチャレンジ、合格者2000人余りのなかで1800番台というギリギリのラインで合格。2008年12月から司法修習生として1年間の研修を受け、2009年12月に修了し弁護士登録を果たす。弁護士を志してから、9年が経とうとしていた。

法科大学院時代に有能な刑事弁護人に出会った亀石は、彼らにしか明らかにできない真実があることを知る。以降、刑事弁護人になることを目標に定めた。男社会の弁護士業界、若くもない、司法修習生としての成績も悪い。とても採用されるスペックではなかったが、刑事弁護人になりたいという熱意を買ってくれた大阪パブリックに採用された。こうして2010年1月、亀石は弁護士としてのキャリアをスタートさせた。

亀石は、事務所に雇われる「居候(いそうろう)弁護士」――通称「イソ弁」である。イソ弁は、事務所に来る事件、所長に来る事件、先輩に来る事件を手伝いながら仕事を覚えていく。

最初は、戦場に赴く兵士のような気持ちで事務所に通った。男も女も関係ない。先輩に「接見行ける?」と聞かれれば、どんなに遠い警察署でも引き受けた。おかげで大量の事件を経験し、少しずつ刑事弁護人としての「勘」のようなものが培われた。

残虐な事件を起こしたと疑われている被疑者と会っても、いつしか驚きも、恐れることもなくなった。被疑者や被告人に偏見を持つと真実が見えてこない。どんなに極悪非道と思える事件でも、累々と積み上げられた前科があっても、ひとまずそれは脇に置いてフラットな気持ちで話を聞く必要がある。彼ら、被疑者や被告人は、最初から弁護人を自分の味方だと思っているわけではない。まずは仲間だと思ってもらえなければ、何も始まらない。偏見や先入観を排し、被疑者や被告人と同じ目線に立つ。刑事弁護人として必要不可欠な資質だと亀石は考えている。

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