小保方さんとは何者だったのか? 「著書」から振り返るSTAP騒動

登場人物「全員善人」の悲劇
楠木 建 プロフィール

ついに自殺者が出ると、自分たちでさんざん追い込んでいたくせに、「悔しいね。本当に悔しい」と呟いたりする。『捏造の科学者』のこのくだりは新聞記者のイヤらしさ全開。特殊読書としてひときわ味わい深い。

ただし、である。本件は『アウトレイジ』系のドロドロと大きく異なる点が一つある。「全員悪人」どころか、登場人物が「全員善人」(小保方氏も主観的にはこれに含まれる)。何せ自然法則の探究と解明に身を捧げる科学者なのである。もとより悪人であるはずもない。聡明で誠実で善良な人々が泥仕合を繰り広げる悲劇。人間社会の不思議な本質が浮き彫りになる。

底が抜けた「強さ」

これだけ多くの人や組織がかかわる事件。小保方氏だけが悪いわけはない。調子に乗った理研の大人衆もどうかしていたし、中には保身の立ち回りをした人もいるだろう。

 

それにしても理解しがたいのは、世界的な研究業績と明晰な頭脳を持った科学者たちが、次から次へと軒並み小保方氏にコロリと参ったのはなぜか、ということだ。いくら彼女の研究テーマと中身がセンセーショナルだったにせよ、海千山千のベテラン研究者が、理研でもハーバードでも、瞬く間に小保方氏にのめり込んでいく。

小保方晴子日記』を読んで謎が氷解した(気がした)。理研退職からの650日にわたる「孤独な闘いの記録」を本人が日記形式で生々しく綴る。これが輪をかけて面白い。現代の奇書といってよい。

逃避行に追い込まれ、精神を病み、拒食と過食を繰り返す。眠ることもできず、ただ泣き続ける日々。傍から見ればとんでもない逆境だ。「1分1秒も休まることなく、感情の濁流の中をもがき続けている」「火あぶりと水責めに交互に処せられているかのよう」「明日が来るなら、もう死んでしまいたい」―。

最初はさすがに読んでいて苦しくなったが、途中ではたと気づいた。「無間地獄」の渦中にあっても、小保方氏は客観的に自分を見つめている。ほぼ毎日、長文の日記を淡々と書いている。わりと元気でしっかりしているのである。修辞に凝った文章は確かに上手い。「詩人は泣きながら詩は書かない」というが、それにしても強靭な精神としかいいようがない。

要するに小保方氏は桁外れに「強い」のである。強さの底が抜けている。どんな逆境でも希望を捨てず、夢に向かって邁進する「無敵の人」。周囲の大人(しかも善人)が圧倒され、一緒に走りたくなるのも当然の成り行きだ。

本書の最後に収録された瀬戸内寂聴氏との対談で、小説家への転身が示唆されている。それが特殊読書になるのか普通読書になるのかはわからないが、小保方氏の小説が出たら、僕は間違いなく読む。

なんてことはない、こうして僕も小保方氏にいてこまされているのである。

『週刊現代』2019年6月22・29日号より