稀代のアイデア経営者・小林一三波乱の人生を語る

【5分de名著】小林一三『逸翁自叙伝』③
講談社学術文庫 プロフィール

「厚かましい条件」と「五万円のバクチ」

私は、勇気づいたものの、なかなか心配である。どこぞに割りきれないところがあって、そこが判然としない。

その当時阪神電車の重役になった島君は、その援護者として片岡直輝氏、岩下清周氏の両人をも重役に割込ました間柄で、阪神電車の専務今西林三郎氏は、百三十銀行から離れて北浜銀行岩下氏一党の剛の者であるという関係から、阪神電車は島君との因縁を通じて、安田銀行系から北浜銀行系統の勢力範囲になりつつあった時であるから、

 

結局、この連中が引受けて、機会を見て、阪神電車との合併でもやる腹ではないだろうか、と言うような想像もえがいて見たので、あるとき、島君に対して未引受株について岩下氏からお話があったかどうかをお尋ねしたところ、

「僕にはまだ話はないよ、しかし不足分は全部北浜銀行に引受けて貰って置けばいいじゃないか」というような大雑把の話であったが、私は結局、不足分は岩下氏が何とかしてくれるものと勝手に判断をして、それからいよいよ箕面有馬電車を引受ける決心をして、発起人諸君と交渉した。

田委員長は、私が追加発起人として仕事をすることになるとしても、自分は、依然として委員長の立場を捨てない。その理由は設立が実現するまで株主に対する責任上、離れることは出来ないと言うのである。

私は、それではいやだ、私が全責任を持って処理する以上は、皆さんの御同意を受けて、相談ずくでゆく、というような今日までの状勢では、事ごとに機会を失し、今日の苦境に追込まれて来た実情を、ここに再び繰返すのは困る、全部を私にお委せ下さい、と断乎として主張した。

同委員長は「それでは私達はどうなるのですか」「発起人には定員が必要でありますから、皆さんはこのままお名前だけを拝借して、これから先の仕事は、田委員長の委任状を私が頂戴して仕事をすることにお願いしたい」

「金銭上の責任は」

「もちろん全部、私が負担いたします」

「万一解散する場合には」

「株主に対しては、一文も御損はかけません。もちろんあなた方に対しても、一文も御損をかけませんから」と、ずいぶん気まずい押問答があった。

私は岩下さんから、自分が独立人として責任をもって仕事をする決意について注意を受けてから、それから度胸が据ったと見えて、もし自分が下手をやって会社の設立が出来ない場合には、全体どのくらいの損失を負担すればよいかと胸算用をした。

創立費三万円弱と、毎月四千円くらいの雑費がいる。失敗すれば、四、五万円くらいは自腹をきらねばなるまい、と覚悟をしていたから、すべて押の手一つで誰にも相談しない。

もちろん岩下氏にも相談しない、もし相談したとせば出来るものでない。何となれば、あまりにも傍若無人の契約であって、先方を馬鹿にしたことになるからである。私はその契約書に調印せしめたのである。今になって考えて見ると、ずいぶん厚かましい条件を強要したものと赤面するのである。

※契約書文面――割愛

土居通夫、野田卯太郎氏等、お歴々の御連中に対し、かくのごとき契約書に調印せしめたその裏面には、その反対に、私は私の人格を無視された証文を田委員長にとられている。

すなわち、発起人側の主張は契約書に明記してあるけれど「仮に、お前が株式の不足分を全部引受けるとしても成立の出来ないというような場合に、我々に一文も迷惑をかけない、同時に株主にも証拠金は全部返すというだけでは困るから、お前からただちに支出するという金額を明記した証書を出せ」というので、

至極御もっともな注文であるから、まかり間違った場合には五万円のバクチだと度胸をきめ、証文を書いてお渡したが、おそらくその証文は、田君が持っておるだろうと思うのである。

次回につづく