稀代のアイデア経営者・小林一三波乱の人生を語る

【5分de名著】小林一三『逸翁自叙伝』③
講談社学術文庫 プロフィール

沿線住民にすらバカにされているそこに好機がある!

一夕、岩下氏を訪問した。
「この電鉄敷設に要する諸機械及び重なる材料を、三井物産から買うことが出来れば、第一回払込株金百三十七万五千円あれば開業することが出来る見込である。私はこの仕事をやって見たいと思います。現在未引受株五万余株を何とかして引受人をこしらえて頂き、そして私にこの仕事をやらして頂けませんか」

 

と、お願いしたところ、岩下氏は、

「機械など飯田君に話せば出来る、幸い米国から岩原謙三君が帰って来て、何かうまい仕事はないかと言われているから、機械や材料は心配するに及ばないと思う、開業してから払えばよい、がただ問題は、君が私に仕事をやらせて頂きたいというような申条では駄目だ。

君も三井を飛び出して独立したのであるから、自分一生の仕事として責任を持ってやって見せるという決心が必要だ。その決心があるならば面白い事業だと思うが、全体仕事自体が大丈夫かい」

という質問であった。

私は今日まで月給取の経験よりないので、事業そのものに対しての責任とか、その計画遂行の手腕などについて少しも自信がない。岩下氏が株主をこしらえた上に会社の設立が出来、その会社の重役として給料を頂戴すればまことに有難い、再び浪人をしなくてすむから、という虫のよい考えからお願いしたのである。

一生の仕事として、責任を持ってやるならば――と言われて見ると、初めて自分の立場を顧みて、これは容易ならぬ仕事だ、果して自分に出来るだろうか、とちょっと返事に躊躇したが、しかし「仕事自体は大丈夫か」という質問があったのを幸いに

「仕事のことは私に判りませんが、建設費のこと、損益計算等の予算は、すでに阪鶴鉄道が実際に調査し尽したもので、これは信用してよいと思います。乗客の数、経費等は、大体これこれの計算になっておりますが、私には、かいもく判りません、ただきっとうまくゆくだろうと思う事は、この会社は設立難で信用はゼロである。早晩解散される事と見られている。

仮に何とか工夫して会社を設立し得るとしても、結局は駄目だという風に、沿道一般の人達から馬鹿にされている。それを幸いに沿線で住宅地として最も適当な土地――沿線には住宅地として理想的なところがたくさんあります――仮に一坪一円で買う、五十万坪買うとすれば開業後一坪について二円五十銭利益があるとして、毎半期五万坪売って十二万五千円もうかる。

五万坪が果して売れるかどうか、これはもちろん判らないけれど、電車が開通せば一坪五円くらいの値打はあると思う。そういう副業を当初から考えて、電車がもうからなくとも、この点で株主を安心せしむることも一案だと思います。

ただ問題は果して何十万坪というような土地が、計画通りに買収が出来るかどうかという点であるが、沿線の有志者は、こんな会社は出来るものでないから、土地を買っても、きっと投げ出すにきまっているという風に馬鹿にしているから、あるいはうまくゆくかも知れない」と、私の夢のような空想的の住宅経営の大要をお話したところ、土地経営の話など軽く聞き放して、

「未引受株の引受人を新たにつくるとして、君の手でどのくらい出来る見込か」

「一万か二万か、やって見なければ判りませんが、結局は、その不足はおれが引受けるという人が有ると無いとで、非常に違うと思いますが」

よし判った、君は自分でも出来るだけこしらえて見給え、東京へ行って、甲州派の人達にお頼みして、株主をこしらえ給え。僕は島君にも相談する、結局、不足分は引受けることにするから」

と言われたのである。