「現実」を受け入れられない

「肝臓に腫瘍ができてますね。レントゲンではっきりわかる程大きいものです」

検査結果を聞くために戻った病院で獣医さんから告げられた言葉は、思いもよらないものだった。

いや。

もしかしたら心のどこかでは予想していたのに、目を背けていたのかもしれない
腫瘍は組織を取って詳しく調べてみないとわからないが、悪性の可能性が高い。
だとしたら、手術で取れるような場所ではないので、投薬くらいしか治療法はない。
余命は、長くても半年。
短ければ、1ヵ月くらいかもしれない。

はあ? 何言ってるの?

そんなの、見たて違いじゃないの?

先生の話を聞きながらも、私はその診断を受け入れることができなかった。
検査を終えたリキは、いつもと変わらない様子で陽気に尻尾を振っているのに。
もうすぐ死ぬといわれても、納得できるわけがない。

私は当時、『天使のいる場所 ~Dr.ぴよこの研修ノート』という医療漫画を描いていた。新米研修医の女の子が、小児専門の病院で研修を積みながら成長していくというストーリーなのだが、以前その漫画の取材で、難病でお子さんを亡くされたお母さんのお話を伺ったことがある。
 
我が子が余命数年と宣告された時、そのお母さんは、「先生の話を受け入れられなくて、何度も同じことを訊いてしまった」とおっしゃっていた。

今の私が、まさにそれだ。

「でも、腫瘍が悪性じゃない可能性もありますよね?」
「半年以上生きられることだってありますよね?」

何度もくり返し、先生に同じ質問ばかりしている。
ああ、これが、あの時のお母さんの気持ちなんだ。

今の私にできること

その日は、朝の9時に病院に入ったのに、検査結果を聞き終えて病院を出た時には、もう4時をまわっていた。
リキを車に乗せて家に帰る途中、道を間違えて畑の中の農道に迷い込んでしまった。神奈川県内でも、ちょっと郊外に行けば、まだけっこう畑は残っているのだ。
道に迷ったついでに、私は農道に車を停めた。

ただでさえ車の運転は得意とは言えないので、家までの1時間半以上のドライブの前に、気持ちを落ち着けておこうと思ったのだ。
畑の真ん中に立っている高圧線の鉄塔の向こうに、冬至を過ぎたばかりの弱弱しい夕日が沈んで行く。

本当だったら、今頃は長野でフィギュアスケートを観ているはずだった。
昨日までは、こんなことになるなんて考えてもいなかった。
リキとの生活も、あと2~3年は続けて行けるんじゃないかと思っていたのに。

長くて半年?
短かったら、1ヵ月後には、もうリキはいなくなってしまうんだろうか?

いつかそんな日がくることは覚悟していたけど、あと1ヵ月だとしたら急すぎる。
リキの匂いと気配のする車の中で、ちょっとの間、思いきり泣いた。
でも、泣いていても仕方ないのだ。
13年前の夏、私はリキを一生守って、幸せにしてやると心に誓った。
リキとの時間が残り少ないのだとしたら、最後まで、その約束を守りぬかなければならない

1日でも長く、リキが楽しく、幸せに過ごせるように
そのために、これからできる限りのことをしてやろう。

2010年の年の瀬。
クリスマスの夕陽に、私は改めてそう誓ったのだった。

ケーキのおもちゃをくわえて折原さんを見つめるリキ 写真提供/折原みと
次回は7月9日公開予定です
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