息子を不良少年に殺された母親が、苦しみと向き合い続けた22年間

同じ悲劇を繰り返させないために
松岡 久蔵 プロフィール

少年院での講演を始めた

そんな中、高松さんは少年犯罪の被害者遺族からなる「少年犯罪被害当事者の会」の存在を知った。

当事者の会に参加し、被害者同士で語り合うようになると、精神的に救われるとともに、遺族給付金の存在など犯罪被害者の支援制度も初めて知ることができた。そして2000年から被害者支援の充実や被害者への情報公開を訴える「全国犯罪被害者の会」に参加し、各地の集会に足を運ぶようになった。

地元の兵庫県にも被害者支援組織が必要だと考えた高松さんは、公益社団法人「ひょうご被害者支援センター」に2002年の設立当時からこれまで17年、役員として参加している。

2002年当時、被害者遺族が自ら支援組織に参加するのは初めてのことだった。センターは相談員の育成を行うほか、殺人事件などの被害者やその家族に対して、主に裁判傍聴や付き添いなどの支援活動を手がけている。

高松さんは、実体験を踏まえて支援組織の運営に携わることの大切さについてこう話す。

「被害者は事件が発生した直後、不眠症になったり、自分の名前も住所も書けなくなったりと、まともな精神状態ではいられません。私自身もカレーを作ろうと思って買い物に出かけたら、何を買ったらいいかわからなくなって、家に戻ったら袋の中が全部お菓子だったということもありました。

また、事件の後は民事訴訟など様々な手続きもあり、普通なじみのない裁判も続きますから、付き添いがいてくれると本当に心強いんです。

犯罪被害の苦しみは、当事者にしか分からない部分が大きい。私たちも、もし夫と二人だけで、ほかの当事者からの支援がなかったら、今のようには立ち直れなかったかもしれません」

さらに、全国の刑務所や少年院での講話も2005年から始めた。再犯した主犯格の加害少年が入っていた少年院の教官が、高松さんの講演活動から少年の再犯を知り、「犯罪被害者の現実について話して欲しい」と依頼してきたのがきっかけだった。

「当時の少年院は、あくまで『数年間、おとなしく勉強してもらう』ことを目的とした制度設計でした。しかしその教官は、『そうした少年院の実態が是正されない限り、再犯はなくならない』と感じて私に講演を依頼してくれたのです。

私は自分のような悔しい思いを他の人にしてもらいたくないとの思いで、引き受けました。具体的な犯罪被害者の話を少年たちに聞かせることで、心から反省してほしいと思ったからです」

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