息子を不良少年に殺された母親が、苦しみと向き合い続けた22年間

同じ悲劇を繰り返させないために
松岡 久蔵 プロフィール

反省しない加害少年たち

少年院に入るなど社会的制裁を受け、加害少年らが反省したのかといえば、そうとは言えないのが現実だった。

加害少年らが少年院から出た日、高松さんは少年たちの親に、彼らを高松さんの自宅へ呼んでもらうように頼んだ。聡至さんの位牌を見て、更正することを誓ってもらうためだ。

しかし反省はおろか、事件がなぜ起きたのか聞いても、納得のいく返事はない。加害少年の中には「暗くて聡至さんの顔も覚えていない」と言い放つ子もいた。

事件の供述調書によると、加害少年らは「途中で止めたり、救急車を呼んだりしたら自分もやられるんじゃないか」「自分だけ止めると弱虫扱いされる」という理由で、聡至さんに暴行を加え続けたのだという。

少年によるリンチは、「ハイになるため」「仲間はずれにされるのが怖いから、なんとなく」というような、被害者からすれば、呆れるほど無責任な動機から実行されることが少なくない。高松さんは加害少年らについて「まるで、自分だけが悪いんじゃないと言わんばかりの態度だった」と話す。

 

加害少年らは出所後も同じメンバーで行動するなど反省の色はうかがえず、そのうち3人は集団暴行で再び送検されるという事件を起こしている。

さらに主犯格だった少年は成人後、地元の後輩に「高松に賠償金払うから30万円よこせ」とからみ、恐喝で逮捕された。その裁判では「高松さんに損害賠償請求されていて、そのお金が必要で脅し取ったんです」と平然と話した。その後も、賠償金を満額支払った加害少年の家族はいないという。

被害者へ向けられる悪意

事件発生後の高松さんを取り巻く状況は厳しかった。

小さい町だけに、加害少年や家族と対面することも少なくない。加害少年の親の一人は、高松さんが作ったキャベツを運搬するトラックの運転手だったという。

「大都会での犯罪とは違い、しがらみの中で生きざるを得なかったんです。代々続いた農業で生計を立てていきたいということもあったし、被害者の自分たちがなぜ逃げなくてはならないのかという思いもあった。何より、加害少年らが反省しているかどうかを見続けてやろうという気が強かったんです」

しかし、そんな高松さんの思いとは裏腹に、加害少年や家族だけでなく、世間の風当たりも強かった。

被害者であるにもかかわらず、まるで高松さん一家に責任があるかのようなうわさや中傷が流布した。談笑していると「息子が殺されたのに何のんきに笑っとんねん」と陰口をたたかれたこともあったという。買い物に言っても無視され、挨拶もしてくれない。聡至さんが亡くなったという事実を受け入れなければならない中で、酷すぎる状況だ。

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