納税額の低い人を「税金泥棒」と見なす社会は、どう克服されてきたか

私たちはこの達成をすぐに忘れてしまう
石川 敬史 プロフィール

「特権」という伸縮する自由

「権利と義務は表裏一体の関係である」—— 義務とは、「軍役」のない日本では納税になろう——というのが現代社会に蔓延する最大の誤解の一つである。この誤解は、特権(Privileges)と権利(Rights)の区別がついていないことによって生じている。特権とは、中世から初期近代にかけて存在した封建社会における法概念である。

3世紀から5世紀にかけて発生した、いわゆる「ゲルマン諸部族の大移動」により、古代以来のローマ帝国の衰亡は決定的なものになった。この「大移動テーゼ」にまつわる歴史学的にデリケートな検討はここでは傍に置き、ローマ帝国衰亡以降のヴァンダル人、フランク人、アングロ・サクソン人などのいわゆる「蛮族国家」の統治秩序が要するにいかなるものであったかを概観しよう。

 

旧ローマ帝国領を割拠支配していた彼らの中の豪族は、自らの安全を守るために互いに主従関係を結んでいった。豪族それぞれがその地域で略奪を行った末に、統治を行うに至った創業者であった。元来が略奪者であった彼らは常に資産の安寧に大きな不安を抱えていた。自分の資産を正当化する客観的な基準が存在しないからである。

そこで彼ら豪族たちは、より強力な豪族たちと複雑な主従関係を重ねていく。それゆえ豪族たちそれぞれの立場は極めて多様であった。彼らにとっての自由は、今日の我々が理解する自由とは異なる。それは端的に特権の数である。

特権とは、それぞれの主君との関係における義務(功績)と各自の領地の大きさ、婚姻関係と相続から推定されるパワーを足し合わせたものである。つまり彼らの特権(=自由)は伸びたり縮んだりするのだ。特権とは、それがどれほど強大であろうともあくまで相対的なものであり、何より不安定なものであった。

そのような彼ら豪族たちにとって、カトリック教会という信用機関がどれほど重要であったかを想像するのは難しいことではない。教会は、時代の要請に応えて両剣論や王権神授説(ともに教会と国家権力の関係についての教説)を編出してくれた。こうして900年ほどの時が流れるうちに、ローマ帝国を焼燬(しょうき)した彼ら「蛮族」は、皇帝、国王、貴族、騎士、聖職者となっていた。

中世の教皇権の強さを象徴する「カノッサの屈辱」〔PHOTO〕Gettyimages

多様(「人間一般」というものは存在しない)で、グローバル(今日の国境も国語も存在しない)で、実力(運も含めて)のみがものを言うこの世界を、希望に満ちた時代だと考えるなら、その人の思考回路には深刻な問題があると考えるべきだろう。

封建法と教会法という、既得権益者が恣意的に作り上げたコードが、愚かな新参者の個別的な才覚などたちどころに陳腐なものにしてしまう。競争の勝者は、自身の競争を嫌う。しかし彼らは愚か者の忠勤を強く求める。彼らは愚か者が競争することについてもとても喜ぶ。

現代に生きる我々がここ20年で目にしてきた光景とよく似ているこの時代は「暗黒時代」と呼ばれる。こう考えると、封建法と教会法に類する抑圧の体系が現代にないとは言えないような気がしてくる。