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「子供を持ちたい」と願う女性でさえ性交頻度が少ないという事実

出生率1.42、上げるのは無理筋…

昨年の出生率1.42

6月7日、厚生労働省は2018年の合計特殊出生率が1.42と、3年連続の微減となったことを公表した(日本経済新聞「目標遠ざかる出生率1.42 3年連続低下」)。

2015年11月、安倍晋三内閣は、2025年までに希望出生率1.8を達成することを目標に掲げた。

現在1.42の出生率をあと7年で1.75(=四捨五入で1.8)まで上げるには、(1.75-1.42)÷7=0.047で、これから出生率を約0.05、毎年上げ続けねばならない。

 

だが、日本で少子化問題が始まった1990年の「1.57ショック」以降、出生率が0.05以上上昇したのはわずか1度だけである(2005年の1.26から翌年の1.32へと0.06上昇)。

良くも悪くも、日本の出生率は上下動の幅が小さく、残り7年で出生率を0.33以上高めることは至難の技である。目標達成は厳しくなったといわざるをえない。

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ところで社会学者のジョエル・ベストは、社会政策に対する評価・批判として、(1)「その政策は不十分である」、(2)「その政策はやりすぎだ」、(3)「その政策は誤導している」の3種類があると指摘している(Joel Best, Social Problems, 2016)。

特に(1)の批判は、「政策は正しい方向に踏み出したが十分ではなく、結果として、政策が対処すべきトラブル状態を根絶するのに必要なものを欠いている」というもので、「不十分だという批判を推し進めるのは、社会政策実施へと導いた、もともとの主張を支持していた人々である場合が多い」という(同書266頁、拙訳)。

少子化対策に対する評価も、現時点では、(1)のタイプに偏っている。

たとえば先に引用した日経新聞は、「共働き世帯が増えるなか、出産・育児と仕事が両立しやすい環境を整えないと、出生率は上昇しない」と述べている。

これまで推進されてきた両立支援をさらに推し進めようというわけで、既存の対策に効果がなかったことへの自省の念は薄い。

筆者は、この日本で、出生率を意図的・政策的に上昇させることは無理筋だと考えている。だから、目標が達成できなかったからといって、「腹を切れ」とまでは言いたくない。

しかし、ここ数年、希望出生率1.8の目標達成は可能と論じてきた学者や評論家やマスコミの方々には、自らの言論・言説にけじめをつけて頂く必要はあるのではないか。