月収3900円…世界のファストファッション工場、バングラデシュの苦境

4000人が生き埋めの事故から6年
梶井 照陰 プロフィール

互いを助け合うヒジュラたち

トゥラグ川沿いのアブドゥラプルのバスステーション付近では、スラムからやってきた物乞いや路上生活者が徘徊している。

いつも同じ場所に座っているアムヌールイスラム(25歳)〔PHOTO〕Syoin Kajii

露店で飲料水を買い求めていると、ヒジュラ(トランスジェンダー)の一団がやってきて露店の店主やバス待ちの客たちをからかい始めた。露店の店主たちはヒジュラが来ると客が来なくなるため、彼らに少額の金を渡し、出ていってもらう。バス待ちの客たちも、彼らと離れたいがために喜捨(施し)を差し出すと、ヒジュラたちはそれを受け取り、足早にバスステーションを後にした。

 

ヒジュラたちが暮らすスラムは、そのバスステーションから2キロほど離れた場所にあった。ある日、街を歩くヒジュラの1人に語りかけ、しばらく話をしているうちに、彼らが暮らす家へと招かれた。

共同住宅の軒先を潜ると、そこには20人ほどのヒジュラが暮らしていた。招待してくれたヒジュラの名前はシュミ(19歳)と言った。

ヒジュラのシュミ〔PHOTO〕Syoin Kajii

「ダッカには5つの大きなヒジュラのグループがあり、その下に40ほどの下部組織があるんです」

シュミに案内されて家の中に入ると、このヒジュラグループを率いるリーダー・Sが教えてくれた。

「シュミはバングラデシュ北部の町ディナジプール出身でね。前にいたヒジュラのグループで苛められて捨てられた子なんだ。私は行き場を失っていた彼を引き取り、グループに入れた」とSは語る。

ヒジュラは人前で踊って喜捨を受けることもあり、みな踊りが堪能だ。やがてシュミは仲間の鼓にあわせてリズムよく踊り始めた。

15分ほど経っただろうか。急にまわりの空気が怪しくなり、シュミは踊りをやめると次の瞬間、仲間から平手打ちを受けて倒れこんだ。シュミは涙を溜めて仲間を睨んでいる。