月収3900円…世界のファストファッション工場、バングラデシュの苦境

4000人が生き埋めの事故から6年
梶井 照陰 プロフィール

行き場を失い、差別を受けた日々

サディさんが去った線路をひたすら北上するとダッカ北部のガジプールという地区に着く。ガジプールにはエルシャドナガールと呼ばれるスラムがある。スフィアさん(62歳)は、25年前にダッカ大学の裏手のスラムからこの地に引っ越してきた。

スラムで暮らすスフィア〔PHOTO〕Syoin Kajii

「かつてダッカ大学の裏手にはスラムが広がってまして。ある日、政府によって強制撤去されてしまった。私たち一家は行き場を失い、近所の人たちと一緒にエルシャドナガールにやってきた」

政変や開発などにより強制撤去されるスラムは少なくない。スフィアさんが移り住んだばかりの頃は、「スラムの住人たちがやってきた」と、まわりの集落の人たちから警戒され、日夜差別を受けたそうだ。

「こんな生活から抜け出たいと娘がマレーシアに出稼ぎに行きましたが、怖い出来事に遭ったようで……精神を病んで帰国しました」という。雑貨や食料品を扱うスフィアさん。最近は商売が軌道に乗り、差別をした集落の人たちとの交流も増えてきたという。

 

「12歳で結婚」がふつう

エルシャドナガールから南下しダッカ北部のトゥラグ川沿いにもスラムが点在している。

6年前にバングラデシュ北部のポンチョゴルから家族とともにやってきたマリアさん(15歳)は現在、結婚し二人の子どもと一緒に暮らしている。

二人の子どもとスラムで暮らすマリア〔PHOTO〕Syoin Kajii

「旦那はリキシャの運転手。12歳の時に結婚しました」と話す。

彼女によると、「スラムでは悪いことをする男がたくさんいるから、親のすすめで早いうちに結婚するのが普通」という。現在は1歳の娘と2歳の息子がいるが、リキシャの収入は不安定だ。1日300~400タカの稼ぎがあるが、リキシャの所有者に100タカ支払わなければいけない。収入は月々の家賃1200タカや食費に消え、生活するのがやっとだそうだ。