ロシアが展開するハイブリッド戦争の脅威

エストニアから考える新しい戦争の形
廣瀬 陽子 プロフィール

ロシアがウクライナに対してハイブリッド戦争を展開してきたということについては、多くの研究者の論文のみならず、NATOや欧州のいくつかの政府や議会のレポートなどでも書かれており、そのことについての反論はまずみられない。

ただ、ロシアのウクライナに対するハイブリッド戦争が成功したのか、失敗したのかという評価については、議論が分かれるところだ。ウクライナ東部の問題がいまだにくすぶっていることから、ハイブリッド戦争は失敗したと主張する研究者もいる。しかし、ウクライナの国家としての体裁を汚し、同国のNATO加盟を阻止するというロシアの最大の目的は達成できていることに鑑みれば、失敗とは言えないのではないだろうか。

だが、ロシア自身がハイブリッド戦争の行使を認めているかといえば、そうとも言えない。

例えば、クリミア併合直前に、クリミアに展開した武装兵について、プーチン大統領は当初、「地元の自警団」であると主張していたが、後日、プーチン自らロシアの特殊部隊であったことを認めた。しかし、ウクライナ東部に関しては、現在に至るまで、ロシアは公的な関与を決して認めてこなかった。

また、ロシア軍はハイブリッド戦争への関与を認めておらず、むしろロシアはハイブリッド戦争の被害者だという立場をとる。ハイブリッド戦争を定式化した論文として有名なヴァレリー・ゲラシモフ・ロシア連邦軍参謀総長の論文の論調も、西側がハイブリッド戦争に含まれる諸々の攻撃を仕掛けているというものだ。

とはいえ、ロシア人研究者のなかにはロシアがハイブリッド戦争を行い、成功していたことを強調する者も多く、ハイブリッド戦争はロシア国内でもグレーな存在であると言ってよいだろう。

だが、ハイブリッド戦争はロシア特有の戦略ではなく、2014年にやはり世界を震撼させたイスラーム過激派組織ISIL(Islamic State in Iraq and the Levant)もハイブリッド戦争を展開していたと言われている。2014年6月末にイラク北西部からシリア東部にかけての一帯でイスラーム国家の樹立が一方的に宣言したことで存在感を増したISILは、拉致や虐殺などの残虐行為を広範囲に展開してきたことが世界からの非難を呼び起こしたが、その一方で、短期間とはいえISILが一定の支持を集め、世界からも戦闘員が集まった要因には、ハイブリッド戦争の成功があると言ってよいだろう。

このように、ハイブリッド戦争を展開しているのはロシアだけではなく、21世紀型の戦略として位置づけるべきだが、じつは90年代にはすでにハイブリッド戦争の有用性がロシアにおいて、広く共有され、旧ソ連領域で多々用いられてきた。

実際、ロシアのハイブリッド戦争が注目されたのはウクライナ危機であるが、ウクライナと同様に親欧米路線をとってきたジョージアに対してもロシアはさまざまなかたちでハイブリッド戦争を展開してきた。ロシアはハイブリッド戦争をジョージアで練習し、ウクライナで花咲かせたという議論もあるくらいである。

2008年、ロシア・ジョージア戦争で首都トビリシに集まった群衆(Photo by Getty Images)

ハイブリッド戦争への対抗

このようなロシアの動きに対して、世界で警戒心が高まったが、とりわけロシア系住民を多く抱える国々でのハイブリッド戦争への警戒は頂点に達した。特にバルト三国は旧ソ連の一部であり、ロシアと国境を接しているだけでなく、エストニア、ラトビアは人口の約4分の1に相当するロシア系住民を抱える。ロシア系住民の存在は、ロシアの「自国民保護」という名目による介入の根拠となりうるため、特に深刻な不安定要因となった。

そして、ロシアのハイブリッド戦争の脅威に対抗するために、フィンランド、バルト三国にNATOやEU関係のセンターが整備されていった。

前述のように、エストニアにはCCDCOEが2008年に設立されていたが、2012年にはリトアニアにエネルギー安全保障を扱う「NATOエネルギー安全保障センター」(NATO Energy Security Centre of Excellence (ENSEC COE))が創設され、また、2014年にはラトビアにフェイクニュースの情報収拾を担う「戦略的コミュニケーションセンター」(StratCom : Strategic Communications Centre of Excellence)が設置され、バルト三国で重層的な危機管理体制がとられるようになった。

さらに2017年にはフィンランドがホスト国となって「ハイブリッド研究センター」(The European Centre of Excellence for Countering Hybrid Threats[Hybrid CoE])が設立され、バルト三国にある3つのセンターと相互補完的にハイブリット戦争への対策を行うシステムが構築されたのであった。