ロシアが展開するハイブリッド戦争の脅威

エストニアから考える新しい戦争の形
廣瀬 陽子 プロフィール

エストニアは大規模なサイバー攻撃を受け、レンタルボット闇市場で入手された世界170カ国の8万台のPCが利用され、同国の銀行、通信、政府機関、報道機関などが標的となってDDos攻撃(分散サービス拒否攻撃:大量のデータを送りつける攻撃)を中心にさまざまな攻撃が行われた。同国の通信トランズアクションが約400倍に膨れ上がり、コンピューターシステムやネットワークが麻痺して、大混乱となったのであった。

エストニアはIT化がきわめて進んでおり、税金の処理、医療関係、投票、銀行関係などがすべて電子化されている国である。だからこそ、エストニアがサイバー攻撃で被った打撃は、甚大になったのである。本事件により、同国のサイバーセキュリティが脆弱であったことが露呈した。

エストニア政府は、この攻撃にロシア政府が関与しているとし、国際社会もサイバー攻撃の影響を重く見た。こうしてその翌年に生まれたのが、CCDCOEなのだった。

ロシアは勢力圏を守りたい

なお、バルト三国のEU、NATO加盟は阻止できなかったものの、ロシアはそれ以上、ロシアが影響圏と考える旧ソ連圏を侵害されまいとして、EU、NATOへの加盟をめざす、ウクライナ、ジョージア、モルドヴァ(モルドヴァもバルト三国と同様にモロトフ・リッペントロップ秘密議定書によってソ連に編入された国であるが、ロシアとの関係にも配慮しており、EUへの加盟はめざすものの、NATOへの加盟は望んでいない)の親欧米的な動きをことごとく妨害してきた。

そして、2008年8月のロシア・ジョージア戦争(いわゆる「グルジア紛争」)や2014年から現在も続くウクライナ危機(特に、クリミア併合とウクライナ東部の内戦)でのロシアの暗躍がその妨害の究極的な形であるといってよい。

そのウクライナ危機では、ロシアが行使した「ハイブリッド戦争」が注目された。ウクライナ危機においてハイブリッド戦争という言葉が使われるようになったのは、2014年4月26日に、NATOの前安全保障アドバイザーであったオランダ少将フランク・ヴァン・カッペンが「プーチンはウクライナでハイブリッド戦争を導いている」と述べたことが契機となっている。以後、国際社会、特にロシアの近隣諸国やロシア系住民を抱える国々はそれを大きな脅威としてとらえるようになった。

なお、ロシアは「ロシア系住民」の保護を名目にハイブリッド戦争を仕掛けたり、ジョージアに軍事侵攻を行ったりしてきた。ロシアが言うところの「ロシア系住民」には、民族的なロシア人、ロシア語話者、ロシアのパスポート保持者が含まれる。ロシアのパスポート保持者は厄介であり、ロシアはジョージアのアブハジア、南オセチアなどの未承認国家(国家の体裁を整えてはいるものの、国際社会から国家承認されていない「国家」)の住民にロシアのパスポートを配っており、それら地域では住民のほぼ100%がロシアのパスポート保持者となっている。

クリミア併合を支持する親ロシア派の住民(2014年3月、シンフェロポリ。Photo by Getty Images)

ハイブリッド戦争とは

ハイブリッド戦争とは、軍事的脅迫とそれ以外のさまざまな手段が組み合わせられた戦争の手法である。

ウクライナ危機の事例をとれば、ロシアはかなり前から政治技術者などをクリミアやウクライナ東部に送り込み、さまざまな政治的なプロパガンダを浸透させたり、親露的な人物がより政治の中枢を占めるように工作したりしておいた状態で、標識を付けない特殊部隊(Little Green Men)や民間軍事会社(PMC:Private Military Company)などの民兵をクリミアやウクライナ東部に送り込んで展開させた。そして、官庁など要所を占拠し、大規模な正規軍を国境付近に集積して圧力をかけながら、フェイクニュースを多用するなど、宣伝戦やサイバー攻撃、経済的脅迫、時に融和的な外交などありとあらゆる手段を組み合わせ、住民投票や一方的独立をバックアップし、それにより領土併合や地域の不安定化を実現したのである。