8月19日 物理学者の長岡半太郎が生まれる(1865年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1865年のこの日(旧暦では6月28日)、土星型原子模型の理論で知られる物理学者の長岡半太郎が、長崎県に生まれました。

長岡半太郎は、帝国大学物理学科を卒業したのち、ドイツでヘルムホルツ(H・L・Ferdinand von Helmholtz、1821- 1894)や、プランク(Max Ludwig Planck、1858-1947)に師事し、帰国後は、帝大教授や理化学研究所創立時の物理部長を務めるなど、日本の物理学の発展に大きな貢献をした人物です。

【写真】長岡半太郎
  長岡半太郎 photo by gettyimages

1903年に発表した土星型原子模型は、正電荷と質量が中心に集中してきわめて小さな原子核を作り、その周りを電子が回っているというもので、イギリスのアーネスト・ラザフォードが1911年に発表した原子模型の先駆けとなったものです。

ラザフォードの原子模型について紹介しています:宇宙の始まりの謎を解く見えない粒子「ニュートリノ」が見つかるまで

長岡半太郎が考えていたモデルは、原子1つにつき電子が数百から数万個も含まれるというもので、実際には、原子に含まれる電子の個数はこれよりもはるかに少ないものであることがのちに明らかになるのですが、原子核と電子の関係を初めて適切に捉えたモデルとして、科学史に名を残しています。