# 安楽死 # ALS

彼女は安楽死を選ぶしかなかったのか

NHKスペシャルとふつうの難病生活
川口 有美子 プロフィール

楽しいことはいくらでも見つけられる

ゆりさんは事前指示書(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64819)を書いていない。医師から事前指示書を書くように、勧められることもなかった。

しかし、出会った当時のゆりさんは、いずれは自分が家族の負担になると思い込んでいて、呼吸器をつけるのを躊躇していたのだ。

生きることに前向きになってほしいということで、同病の友人たちは長時間の介護サービスがあることを、ゆりさんに知らせた。それは病院のケースワーカーも保健所の保健師も(たぶん、知らないから)教えてくれなかったことだったので、ゆりさんは、初めて市の障害福祉課に行き、自分には介護者がいないという悩みを打ち明けると、担当者は丁寧にゆりさんの気持ちを聞いてくれた。

そして、K市としては初めてのケースになるが、審査会で長時間の介護給付を決定してくれた。あとは市が支給してくれた介護時間数を埋めるように、ヘルパーを養成し、ゆりさん専属のヘルパーとして介護にいれるだけである。その手配はヘルパーの事業所がおこなった。

こうして、大勢が知恵を絞って、ゆりさんの不安をひとつひとつ埋めたので、ゆりさんの呼吸器装着の覚悟もだんだん固まっていったのだった。

もっとも、介護給付が出たからといって、全く家族に出番がないわけではなく、近所に住んでいるゆりさんの母親は、介護に加えて孫の世話や家事も手伝ったし、姉二人もヘルパーのシフトが組めない日には遠方から交互にやってきて、ゆりさんと子どもたちの世話を買って出た。

そうして、昼夜途切れることなく、誰かがそばにいるようになったので、ゆりさんは安心して横になるようにしていたが、作業療法士らのサポートで、自分の声を残しておくことにも取り組んだ。こうしておけば、いずれ発声できなくなったとしても、パソコンの読み上げソフトに自分の声を使わせることができるのである。

今はまだ治療方法が見つからない難病でも、人々のサポートを受けながら生きようと決めたなら、楽しいことはいくらでも見つけられるのだ。ゆりさんの毎日はこうしてとても忙しくなり、恐れていた胃ろうや気管切開などの治療も、積極的に受ける気持ちが湧いてきた。

 

事前指示書は何のため?

とはいえ、病院では事前指示書は重宝されているし、患者にも事前指示書の作成は推奨されている。それで、要らない治療を回避できるということでもあるし、病院や医師にとっては患者の自己決定権を尊重するばかりではなく、万が一、家族や遺族がクレームしてきたときなどには、これを見せて反証できる。

しかし、事前指示書には「スピーチカニューレを使いたい」とか「最新のコミュニケーション機器の導入」とか「ヘルパーによる見守り」などといった項目はない。

これらについて話し合うのは「ケアカンファレンス」と呼ばれる会議の場だ。そこでは直ちに解決したい療養上のことなどを、多職種の関係者が持ち寄り合う。

これは毎月のように行われるのだが、その場で「安楽死したい」と言ってみたりする患者もいる。私の母も死んだら臓器提供したいなどと、ケアカンファレンスで言ったりしたが、「患者さんは何を言ってもいいのだよ」と、母の主治医は言っていた。

患者の悩みは、この場に集まった多職種の人々に共有され、それぞれの持ち場から改善策が提案される。それを受けて、各自の仕事の内容が確認され、もし経済的支援や介護や育児に関するサービスなどの福祉が必要ということになれば、市のケースワーカーや保健師が積極的に介入することにもなる。そうして、やがて人生最終段階が近づいてくれば、この場は「人生会議(ACP)」ということにもなる。

このようなケアカンファレンスの繰り返しが難病(緩和)ケアのプロセスなのである。

そういえば、「文殊の会」と名付けたケアカンファレンスを定期的に開催していたALS患者もいて、毎回20人もの関係者がその方の療養室兼リビングに集められた。そこでは最新の医療機器や介護技術について学び合うことができたし、勉強会の後は、奥さんがお酒とご馳走を用意してくれていたので、かかりつけ医もヘルパーも、大勢が自由に集う懇親の場にもなっていた。