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# ALS # 安楽死

彼女は安楽死を選ぶしかなかったのか

NHKスペシャルとふつうの難病生活

「こんなに楽になるのなら……」

埼玉県K市在住の白井ゆりさん(仮名)は、ALS患者としては珍しい20代発症の若い患者だ。東京まで1時間かけて通勤するサラリーマンの夫と小学校低学年と幼稚園児の娘さん2人がいる。子育ての最中に、難病ALSが襲いかかったのである。

私がゆりさんに初めて会ったのは去年4月。浅草の花やしきを貸し切って、お花見イベントを開催した時、ほかの患者さんから紹介された。

その頃のゆりさんは、ALSが進行して呼吸が苦しくなっても、人工呼吸器は装着しないかもしれない、ということで、友人と一緒に作った絵本には、ママがいなくなったとしてもパパを大事にしてね、というようなことも描かれていた。

でもFacebookなどで同病の人たちと繋がって、家族にあまり負担をかけずとも、自宅で生きていかれることを知るようになり、それで生きる勇気が湧いてきた。
先週、ゆりさんは気管切開に踏み切った。そして手術のあと1日置いて、ゆりさんから私のところに踊るようなメッセージが届いた。

「痛いのも昨日くらい。こんなに楽になるのなら、早くやっとけばよかったー!(笑)」

 

在宅ケアの現場は工夫の積み重ね

気管切開で声が出なくなってしまうと言われてきたが、気管切開口に特殊なカニューレ(喉に開けた穴を塞ぐキャップのように見える)を取り付けて訓練すれば、声が出ることがある。

ゆりさんの主治医は、術後すぐに発声できるようにしてくれた。呼吸が楽になって心に余裕が生じたゆりさんは、もっと早く気管切開すればよかったと言っているが、手術するのが恐ろしかったのだ。

ゆりさんには病院の神経内科医のほかに、かかりつけ医がいる。その男性医師も、ゆりさんの辛さをよく理解してくれて、緩和ケアにとても熱心だ。

緩和ケアというのは、終末期にモルヒネなどの薬を使って、苦痛を軽減しながら看取るというイメージがあるかもしれないが、実際は発症後から開始する、生活の質の向上を目指す医療やケアのことだ。気管切開後に声が出るようにしてくれたことなども、緩和ケアの範疇である。

クリニックのその医師は、ゆりさんが嚥下困難(病気や老化の進行に伴って、飲み込みが難しくなること。食物や唾液が気管に入ってしまうと肺炎の原因になる)を訴え始めた頃、胃ろうの造設を勧めるのと並行して、口からも食べ続けられるように考えてくれていた。そして、研究論文を探してきて、炭酸水を飲むとその刺激で喉が開くので、嚥下訓練になるというのである。また、食事の合間に炭酸水を飲んでみたら、うまく食べられるのではないか、とも言うのである。

嚥下障害のあるALS患者に炭酸水を飲ませながらの食事介助なんて、そう簡単にできるとは思えないが、そういえば、ある女性ALS患者の息子さんは、お母さんにコーラを一口飲ませては、素早くカレーライスを口の中に押し込んでいた。それも驚くべき速さでストローとスプーンを交互にお母さんの口に運ぶのだ。

その様をゆりさんは想像してげらげらと笑っている。ゆりさんも挑戦してみたい?と聞くと、ニヤッとして首をかしげた。

とにかく、ゆりさんが元気でいられるのなら、その場にいた全員が、なんでもやってあげたいという気持ちになっていた。在宅ケアの現場は、こんな工夫の積み重ねで組み立てられていくのである。