日本のリベラル勢力は、なぜ「友達」を作れないのか

「政治における友人」について
岡田 憲治 プロフィール

戦う相手を間違えてはいけない

政治の友人は、一緒に居酒屋で飲んでも、趣味が合わない友人かもしれない。私の愛する広島カープの好敵手を応援しているかもしれない。サラダにパイナップルを入れて平気な人かもしれない。寿司屋で大トロばかりを注文する無粋な奴かもしれない。

しかし、政治の友人は「いわれのない差別を受けるのもするのも嫌で、放射性物質でがんになって死ぬのが怖く、そして自分の愛する者たちが理不尽な戦争で命を落とすことだけは避けたい」と、普通に思っている友人であるはずだ。

 

行き着くところ、我々はリベラルであろうと保守であろうと、看板などどうでもいいのだ。そこに立ち戻って、一人でも多くの政治の友人を作ろうというのが、私の言いたかったことである。

街にはそういう可能性のある人たちが溢れているではないか?