嫁選びの真っ最中に、野間家二代目を襲った青天霹靂の禍いとは

大衆は神である(56)
魚住 昭 プロフィール

「これから神楽坂へ行こう」

が、ちょうど、そのころ恒の身体に変調の兆しが見えた。次は、目白邸の運転手だった内山清の証言である。

 

〈あるとき、恒さんが「お腹をこわして、どうもご飯が食べられない」とおっしゃるので「お医者にかかったらいかがですか」というと、「どうも医者は嫌いでね」と言って、誰に聞いたのか知りませんが、市ヶ谷に温灸療院とかいうのがあって、そこへ行きはじめたのです。

私は市ヶ谷までお送りし、帰って来てしまうわけにもいきませんので、一時間以上もお待ちしました。すると治療がすんで出て来られて「これから神楽坂へ行こう」とおっしゃるので「神楽坂へ何しにいらっしゃるんですか」と聞きました。私はもしや芸者買いにでも行くのかと思ったんですが、恒さんは「レストランへ行こう」とおっしゃるのです。

私はお腹の悪いのにそんなところへ行って大丈夫かとちょっと心配もしたのですが、恒さんはレストランに入るなり「今日はビールを飲みましょう」というのです。私はますますびっくりして「そんなことしていいんですか」というと「お腹をこわしていても飲めば逆効果でよくなるんだそうだよ」と言ってビールを注文するんです。

社長もそうでしたが、恒さんもいろいろなものをたくさんテーブルの上に並べておかないと気がすまないらしいのです。食べなくても並べておくことが好きでしたからね。このときもビフテキやカツや、そのほかをテーブルの上せましと並べ、ビールは2、3本。飲んでしまいました。そんなことが、たしか何度かありました〉

温灸療院が唱える“逆効果”は医学常識に反するものだが、当時、飲酒の習慣を身につけつつあった恒には格好の口実になったらしい。

それでも医者に行かず

内山の証言はつづく。

〈恒さんは家でも「逆効果を挙げるんだ」といって、二階の自室の戸棚にいつもビールを半ダースか1ダースくらい仕入れておいては、それを毎日飲んでいたようでした。そうしてあいかわらず毎日温灸へ通っていたのです。私もそのことをひとりで腹にしまっておくわけにもいかず、あるとき(目白邸詰め秘書)の西野(季治)さんに話すと、西野さんも困ったような顔をしていましたが、「まあ、しょうがないでしょうね」といわれ、何か思案の様子でした。

恒さんはお帰りになると、いちおう奥へ行かれてその日の出来事をお話しになります。だいたいそれが一時ぐらいですが、それがおすみになりますと、すぐご自分の部屋にお入りになり、ひとり静かにお飲みになっていたようです。女中さんひとりを呼ぶでもなかったですね。ただひとりでやっていたのです。いま考えると結局あれが寿命を縮めたのではないでしょうか。そうすると私にも重大な責任があるということになりますが……そのうち奥でもうすうす感づいたようです。

ビールも戸井(徳次郎。運転助手)君か私が買いに行くのです。私が夜遅く買いに行き、それを恒さんにお届けして二階から降りてくると、時に奥様にお会いすることもあるのです。そんなとき「おや、内山さんまだ寝ないんですか。また上ではやっているんでしょうね」などとおっしゃるので、私もまごまごしてしまって「はぁ」などといっていい加減に言葉を濁して帰ってきたりしましたよ〉

恒の体の不調はつづいた。顔色が青くなり、血便が出た。同年夏、伊香保の道場で行われた恒例の合宿に恒は参加したものの、稽古の後、嘔吐するようになったため、途中で切り上げて帰京した。それでも恒は医師の診察を受けようとはしなかった。